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「心の荷物預かり所」で記事を検索しました。

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2022.09.21

心の荷物預かり所
今日は世界アルツハイマーデー 国際アルツハイマー協会が1994年に国際会議が開かれた日を、 世界アルツハイマーデーとして9月21日が設定されました。 もちろん、この日だけでなく、アルツハイマー病の方に関わらず、 認知症の人に同じ人間としての敬意をしめし、その方の尊厳を護っていくことは言うまでもありません。 先日ショートステイに来られていたAさん、 日常生活やコミュニケーションもかなり厳しくなってなってきている方が、 アートフラワーの作成に頑張られ、 「きれい!すてき!」と、満面の笑顔を浮かべられたということです。 普段私たちは、日常生活の全てを「認知機能」を働かせて行動しています。 全ての行動は、物事を即座に認識し、行動に移す認知機能によって、私たちは普通に生活していけるのです。 しかし、認知症はその認知機能を奪っていきます。 そのため、日常生活に支障をきたすようになってしまいます。 ところが、認知機能のダメージを補うかのように、「非認知機能」が強化されるのです。 「認知機能の世界」で生きている私たちには感じられないほどの、 豊かな感性、感情の中で生きていこうとされます。 先ほどのAさんも、認知機能を働かせる日常生活はおぼつかなくなっても、 感性や感情は豊かなのです。そのことが感動の表情とへとつながったのでしょう。 記憶という面から見れば、その感動の記憶はすぐに忘れられてしまうかもしれません。 しかしその一瞬一瞬の感動が、忘れてしまうことよりずっと大切なのです。 「認知症の人はコミュニケーションを取ることが厳しくなります。しかし、認知症の人はコミュニケーションがないと生きていけないのです。」 私たちの重要な役割。それは、言葉だけでなくあらゆるコミュニケーション技術を使って、認知症の人が持つ非認知機能を引き出し、育むことなのです。
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2022.09.07

心の荷物預かり所
オレンジメンバー講座での学び 先日「オレンジメンバー養成講座」に行ってきました。 そこで、もしスマートフォンやテレビ、ラジオなどの情報収集機器が使えなくなったら 人はどんな状況になるだろう?という問いとともに、 そうなった場合に生じる、逆によい点というのはどのようなことがあるだろうかと考えてもらいました。 すると、人と人との繋がりが深まる、助けあうようになる、 今以上にもっと多くのコミュニケーションを取るようになるという、かなり肯定的な意見が出ました。 これは認知症の人に接する場合の大切なところですね。 そうです。認知症の人とかかわるときはコミュニケーションが大切なのです。 岩湧山。眺望抜群の山ですが、険しい急坂を上ります。   前回はグーグルストリートビューの効用を書きました。 デジタル化された中での活用法ですね。 岩湧山からの六甲山と神戸   今回は逆にデジタルデトックス(デジタル断ち)の話です。 上記のように、デジタルデトックスな世界になると、 もっと人と人が向き合い、コミュニケーションが増えるのではないかということです。 この垂直の岩を登っていきます   私も山によく行きます。 昔よく行っていた北アルプスへ再び登るため、 毎週近辺の山に登ってトレーニングを積み、 いよいよ北アルプス行きということでしょうか。 その昔、北アルプス剣岳の岩場を登る。今はヘルメット必携です。   深い山へ入ると、スマホの電波は繋がらなくなり、まさしくデジタルデトックスの世界になります。 普段は聞き逃している自然の音に耳を傾けるときでもあります。 トレーニングの一環で登った中国地方で二番目に高い氷ノ山山頂です   デジタルを活用しながら、かつデジタルが全くない世界も体験しておくこと。 それを行わないと、「失ったもの」のことすら、わからなくなるのではないでしょうか。
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2022.09.05

心の荷物預かり所
ストリートビューで故郷訪問 若年性認知症の方のつどい「楽カフェ」が開催されました。 今回ここで試されたのが、グーグルのストリートビューを使ったふるさと訪問でした。 なるほど、こんな手があったか! という感じでした。 今までも故郷についてのお話は色々するのですが、ストリートビューの活用は思いつきませんでした。 アイパッドをプロジェクターに繋ぎ、大きな画面で見るのでわかりやすいですね。 今回はAさんの故郷、広島県のとある島を訪れました。 同行していた介護者の夫とともに、 「あ、ここが妻の実家」「懐かしいスーパー」「ここのお店のケーキよう買いに行ったな。」 そして二人でよく行ったという夕陽がきれいな海岸など、 夫婦ともども画面を見入りながら、話が弾んでいました。 あ、ここ、この海岸です!と、思わず声が弾む家族。   その昔、愛媛県宇和島市のさらに南の田舎に 一度でいいから帰りたいと言われていた90歳代の方がおられました。 私も何とか故郷訪問させてあげたいと思っていたのですが、なんせ超田舎です。 PCもない時代、結局実現せずに終わったのですが、 ストリートビューを使えば、実際に行くことはできなくても、 故郷の雰囲気を感じ取ることができるのです。 便利な世の中になりました。 YouTubeで懐かしい昭和歌謡を見るのは、ごく普通にできるようになりました。   タブレットを使って、テレビと接続すれば、在宅でも施設でも故郷探訪ができ、 コミュニケーションの内容も増えることに繋がりますね。 そして実際に「一度帰ってみたい」という思いが湧き出るかもしれません。 いいですね。人生いくつになってもチャレンジです。
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2022.09.01

心の荷物預かり所
音楽という「しつらえ」 オリバー・サックス博士が亡くなってから7年 俳優ロビン・ウイリアムスが亡くなってから8年 そして映画「レナードの朝」が公開されてから30年 いずれも、誰や?なんや古い映画やなって、今の若い人は思うでしょうね。 映画「レナードの朝」の原作者がオリバー・サックス博士 そのサックス博士を演じたのが、ロビン・ウイリアムスでした。     この映画は以前にも紹介しましたが、 介護者必見の映画です。 特に、患者の心に通じるものを探すために あれやこれやと一生懸命アプローチするケアスタッフの姿が胸を打ちます。 今こんな情熱があるのかな?と   サックス博士の基本的な考え方は、 「私たちは患者の(認知症の人の)不足部分に注意を払いすぎて、 保存されている能力の部分にあまりにも無関心すぎる。」と語り、 「逆境にめげずに失われた部分を補っていこうとする人間の能力を活かさなければならない。」 とも語っています。 まさしく、ここが大切なところ。 可能性の部分と繋がり引き出すこと。 このことを忘れてはならないと思います。 サックス博士は、音楽の効用も説いています。 寝たきりになり、コミュニケーションも難しくなり、 何もわからなくなっているのではと、私たちが思うのは大間違いです。 「しつらえ」には音楽という外すことができない環境要素があります。 子どものころから何らかの音楽に親しみ、 成人してからも好みの音楽は常にその人のそばにあります。 亡くなってからではなく、生きている間に。 その場を設けるのも大切な「しつらえ」です。
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2022.07.27

心の荷物預かり所
月に咲く花 いぶし銀 「見た目の華やかさはないが実力や魅力があるもの」 私は彼のことを「いぶし銀のようなケアマネジャー」と呼び、尊敬していました。 彼とはわずか3年間しか仕事を共にしませんでしたが、 その謙虚で真摯な姿勢を見るたびに、いつも自分は何をやってんだかと思った次第です。 彼の名前から、浮かんだ言葉が「月に咲く花」でした。 月に花なんか咲かない? いやいやそのような場所であっても花を咲かせてくれるような存在だったのです。   今年に入って私は、二人の若く熱き思いを持った後輩を病気で亡くしました。 将来を託せる人の早逝は、痛手です。 本当に全てにおいて心が痛むことなのです。 同時に、いつどこでどうなるかわからない人生。 一日一日を無駄に過ごすことがないようにしたいものですね。 どんなに暑くてもどんなに寒くても 宮沢賢治の詩のように、自転車で走り回っていた彼の姿が 今でも目に浮かびます。   石川が詩を改変しました。 「雨ニモマケズ」   雨にも負けず 風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けず 新型コロナウイルスの脅威と恐怖の中でも 丈夫なからだと心をもち 決して怒らず いつも冷静に対処し、利用者には笑っている 一日に、相談・訪問・デイ・ショート 守るべき人たちのことを よく見聞きし分かり そして忘れず 地域の住民や高齢者にとって 灯台のような建物から 東に病気の高齢者あれば 行って適切なマネジメントをし 西に疲れた介護者あれば 行ってそのつらさを受け止め 南に死にそうな人があれば 行って看取りを支え 北に認知症の人が不安の中にいれば あたたかなまなざしと言葉をかけ 新型コロナウイルスの恐怖に怯えながらも 日照りの時は汗を流して自転車をこぎ 寒い冬も北風に負けずに歩き マスコミにはその地味な努力を 褒められもせず 苦にもされず それでもひたすら頑張っている そういういぶし銀のようなあなたを 私は 誇りに思いたい。
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2022.07.20

心の荷物預かり所
介護家族の会「ほっこりなつどい」開催されました コロナ禍で延長になっていた介護家族の会「ほっこりなつどい」が16日に開催されました。 当初この日程を決めた時は、コロナも下火になり、殺風景な公民館ではなく、特養本体の一階相談室で開催と決めたのですが、 直前に一気に感染者が増え,開催の危機の中、滑り込みで実施しました。 6名のご家族の方が参加され、それぞれに切々たる状況を述べられました。 その内容についてはここでは個人情報になるので書けませんが、皆さん本当に厳しい状況を送られているといえます。 ただ、介護者同士、こうしてみれば、ああしてみればという意見も出て、楽しく話しあわれておられました。 専門職と家族というよりも、介護者同士の話の中で、皆さん心をほぐしていかれます。 そして異口同音に、来て、喋れてよかったと話されていました。 私たち側の課題も見いだせて、実りある時間になったのではないでしょうか。 本来ならお茶菓子も出せて、もう少しほっこりできればいいのですが、 それにはもう少し時間が掛かりそうですね。 次回開催もコロナ見になりそうですが、必要性大のつどいなので、早いうちに開催できればと思います。 デイサービスの様子を写真を通じて説明を受けています。  
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2022.06.08

心の荷物預かり所
「大河への道」から学ぶ(認知症から少し離れますが) 伊能忠敬ってご存知ですか? 一言でいえば、江戸時代日本中を歩き回って測量し、日本地図を作製した人ですね。 現代、GPSで確認しても、その江戸時代の測量(自分たちが歩いて計測したもの)地図の正確さがわかります。 それは驚くほど偉大なことなのです。 伊能忠敬の凄さについては、ネットで調べてもらうとして、 映画「大河への道」に描かれていたのは、その超有名人を支えていた名もなき人々のことです。 伊能忠敬は歴史にその名を残していますが、 その伊能忠敬を支えてきた多くの人たちのほとんどは、歴史に名を残すことなく、 しかし歴史を形作る一員として存在していたのです。 思えば、歴史に名を残す人などほんの僅かな人です。 ほとんどの人は歴史に名を残すことなく、それでも確実にこの社会を支えています。 どんな有名人でも、周囲の人たちの何らかの支えがなければ、有名にはなれません。 自分は一人で頑張ってきたという人がいたならば、思い上がりでしかないでしょう。 社長だって、例えば誰かの手によって会社まで来ることができるし、誰かが作ってくれた食事を食べているのです。 時には名を残したいがためにあがく人もいたりして。 まさしく多くの人たちによって支えられているのが社会であり、 当然ケアの世界も同じでしょう。 確かに名だたるリーダーの存在は、社会には必要です。 でも、「あなたがいるからこそ、この社会は(職場は)動いている」ことも事実です。 「私は社会の(会社の)歯車の一つにしか過ぎない」という考えもあるでしょう。 しかし、その歯車がなければ、会社も社会も成り立たないのです。 歯車であっても、なくてはならない誇れる存在だし、 逆に「歯車扱いする」リーダーは、歴史に悪い意味で名を残すでしょう。 伊能忠敬、性格的には厳しい人のようでしたが、 年齢を経てからこれまでの商売の道とは全く違う世界へのチャレンジ精神や、 地図を作り上げるまでの熱意には、敬服すると同時に、 自分もまだまだ、なにかをしなければという思いにも繋がるのですね。 映画「大河への道」、めっちゃ面白かったです。
ブログ投稿画像 国際アルツハイマー協会が1994年に国際会議が開かれた日を、 世界アルツハイマーデーとして9月21日が設定されました。 もちろん、この日だけでなく、アルツハイマー病の方に関わらず、 認知症の人に同じ人間としての敬意をしめし、その方の尊厳を護っていくことは言うまでもありません。 先日ショートステイに来られていたAさん、 日常生活やコミュニケーションもかなり厳しくなってなってきている方が、 アートフラワーの作成に頑張られ、 「きれい!すてき!」と、満面の笑顔を浮かべられたということです。 普段私たちは、日常生活の全てを「認知機能」を働かせて行動しています。 全ての行動は、物事を即座に認識し、行動に移す認知機能によって、私たちは普通に生活していけるのです。 しかし、認知症はその認知機能を奪っていきます。 そのため、日常生活に支障をきたすようになってしまいます。 ところが、認知機能のダメージを補うかのように、「非認知機能」が強化されるのです。 「認知機能の世界」で生きている私たちには感じられないほどの、 豊かな感性、感情の中で生きていこうとされます。 先ほどのAさんも、認知機能を働かせる日常生活はおぼつかなくなっても、 感性や感情は豊かなのです。そのことが感動の表情とへとつながったのでしょう。 記憶という面から見れば、その感動の記憶はすぐに忘れられてしまうかもしれません。 しかしその一瞬一瞬の感動が、忘れてしまうことよりずっと大切なのです。 「認知症の人はコミュニケーションを取ることが厳しくなります。しかし、認知症の人はコミュニケーションがないと生きていけないのです。」 私たちの重要な役割。それは、言葉だけでなくあらゆるコミュニケーション技術を使って、認知症の人が持つ非認知機能を引き出し、育むことなのです。
ブログ投稿画像 先日「オレンジメンバー養成講座」に行ってきました。 そこで、もしスマートフォンやテレビ、ラジオなどの情報収集機器が使えなくなったら 人はどんな状況になるだろう?という問いとともに、 そうなった場合に生じる、逆によい点というのはどのようなことがあるだろうかと考えてもらいました。 すると、人と人との繋がりが深まる、助けあうようになる、 今以上にもっと多くのコミュニケーションを取るようになるという、かなり肯定的な意見が出ました。 これは認知症の人に接する場合の大切なところですね。 そうです。認知症の人とかかわるときはコミュニケーションが大切なのです。 [caption id="attachment_4024" align="alignnone" width="2048"] 岩湧山。眺望抜群の山ですが、険しい急坂を上ります。[/caption]   前回はグーグルストリートビューの効用を書きました。 デジタル化された中での活用法ですね。 [caption id="attachment_4021" align="alignnone" width="2048"] 岩湧山からの六甲山と神戸[/caption]   今回は逆にデジタルデトックス(デジタル断ち)の話です。 上記のように、デジタルデトックスな世界になると、 もっと人と人が向き合い、コミュニケーションが増えるのではないかということです。 [caption id="attachment_4019" align="alignnone" width="1400"] この垂直の岩を登っていきます[/caption]   私も山によく行きます。 昔よく行っていた北アルプスへ再び登るため、 毎週近辺の山に登ってトレーニングを積み、 いよいよ北アルプス行きということでしょうか。 [caption id="attachment_4018" align="alignnone" width="1600"] その昔、北アルプス剣岳の岩場を登る。今はヘルメット必携です。[/caption]   深い山へ入ると、スマホの電波は繋がらなくなり、まさしくデジタルデトックスの世界になります。 普段は聞き逃している自然の音に耳を傾けるときでもあります。 [caption id="attachment_4020" align="alignnone" width="2048"] トレーニングの一環で登った中国地方で二番目に高い氷ノ山山頂です[/caption]   デジタルを活用しながら、かつデジタルが全くない世界も体験しておくこと。 それを行わないと、「失ったもの」のことすら、わからなくなるのではないでしょうか。
ブログ投稿画像 若年性認知症の方のつどい「楽カフェ」が開催されました。 今回ここで試されたのが、グーグルのストリートビューを使ったふるさと訪問でした。 なるほど、こんな手があったか! という感じでした。 今までも故郷についてのお話は色々するのですが、ストリートビューの活用は思いつきませんでした。 アイパッドをプロジェクターに繋ぎ、大きな画面で見るのでわかりやすいですね。 今回はAさんの故郷、広島県のとある島を訪れました。 同行していた介護者の夫とともに、 「あ、ここが妻の実家」「懐かしいスーパー」「ここのお店のケーキよう買いに行ったな。」 そして二人でよく行ったという夕陽がきれいな海岸など、 夫婦ともども画面を見入りながら、話が弾んでいました。 [caption id="attachment_4013" align="alignnone" width="1561"] あ、ここ、この海岸です!と、思わず声が弾む家族。[/caption]   その昔、愛媛県宇和島市のさらに南の田舎に 一度でいいから帰りたいと言われていた90歳代の方がおられました。 私も何とか故郷訪問させてあげたいと思っていたのですが、なんせ超田舎です。 PCもない時代、結局実現せずに終わったのですが、 ストリートビューを使えば、実際に行くことはできなくても、 故郷の雰囲気を感じ取ることができるのです。 便利な世の中になりました。 [caption id="attachment_4012" align="alignnone" width="1918"] YouTubeで懐かしい昭和歌謡を見るのは、ごく普通にできるようになりました。[/caption]   タブレットを使って、テレビと接続すれば、在宅でも施設でも故郷探訪ができ、 コミュニケーションの内容も増えることに繋がりますね。 そして実際に「一度帰ってみたい」という思いが湧き出るかもしれません。 いいですね。人生いくつになってもチャレンジです。
ブログ投稿画像 オリバー・サックス博士が亡くなってから7年 俳優ロビン・ウイリアムスが亡くなってから8年 そして映画「レナードの朝」が公開されてから30年 いずれも、誰や?なんや古い映画やなって、今の若い人は思うでしょうね。 映画「レナードの朝」の原作者がオリバー・サックス博士 そのサックス博士を演じたのが、ロビン・ウイリアムスでした。     この映画は以前にも紹介しましたが、 介護者必見の映画です。 特に、患者の心に通じるものを探すために あれやこれやと一生懸命アプローチするケアスタッフの姿が胸を打ちます。 今こんな情熱があるのかな?と   サックス博士の基本的な考え方は、 「私たちは患者の(認知症の人の)不足部分に注意を払いすぎて、 保存されている能力の部分にあまりにも無関心すぎる。」と語り、 「逆境にめげずに失われた部分を補っていこうとする人間の能力を活かさなければならない。」 とも語っています。 まさしく、ここが大切なところ。 可能性の部分と繋がり引き出すこと。 このことを忘れてはならないと思います。 サックス博士は、音楽の効用も説いています。 寝たきりになり、コミュニケーションも難しくなり、 何もわからなくなっているのではと、私たちが思うのは大間違いです。 「しつらえ」には音楽という外すことができない環境要素があります。 子どものころから何らかの音楽に親しみ、 成人してからも好みの音楽は常にその人のそばにあります。 亡くなってからではなく、生きている間に。 その場を設けるのも大切な「しつらえ」です。
ブログ投稿画像 いぶし銀 「見た目の華やかさはないが実力や魅力があるもの」 私は彼のことを「いぶし銀のようなケアマネジャー」と呼び、尊敬していました。 彼とはわずか3年間しか仕事を共にしませんでしたが、 その謙虚で真摯な姿勢を見るたびに、いつも自分は何をやってんだかと思った次第です。 彼の名前から、浮かんだ言葉が「月に咲く花」でした。 月に花なんか咲かない? いやいやそのような場所であっても花を咲かせてくれるような存在だったのです。   今年に入って私は、二人の若く熱き思いを持った後輩を病気で亡くしました。 将来を託せる人の早逝は、痛手です。 本当に全てにおいて心が痛むことなのです。 同時に、いつどこでどうなるかわからない人生。 一日一日を無駄に過ごすことがないようにしたいものですね。 どんなに暑くてもどんなに寒くても 宮沢賢治の詩のように、自転車で走り回っていた彼の姿が 今でも目に浮かびます。   石川が詩を改変しました。 「雨ニモマケズ」   雨にも負けず 風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けず 新型コロナウイルスの脅威と恐怖の中でも 丈夫なからだと心をもち 決して怒らず いつも冷静に対処し、利用者には笑っている 一日に、相談・訪問・デイ・ショート 守るべき人たちのことを よく見聞きし分かり そして忘れず 地域の住民や高齢者にとって 灯台のような建物から 東に病気の高齢者あれば 行って適切なマネジメントをし 西に疲れた介護者あれば 行ってそのつらさを受け止め 南に死にそうな人があれば 行って看取りを支え 北に認知症の人が不安の中にいれば あたたかなまなざしと言葉をかけ 新型コロナウイルスの恐怖に怯えながらも 日照りの時は汗を流して自転車をこぎ 寒い冬も北風に負けずに歩き マスコミにはその地味な努力を 褒められもせず 苦にもされず それでもひたすら頑張っている そういういぶし銀のようなあなたを 私は 誇りに思いたい。
ブログ投稿画像 コロナ禍で延長になっていた介護家族の会「ほっこりなつどい」が16日に開催されました。 当初この日程を決めた時は、コロナも下火になり、殺風景な公民館ではなく、特養本体の一階相談室で開催と決めたのですが、 直前に一気に感染者が増え,開催の危機の中、滑り込みで実施しました。 6名のご家族の方が参加され、それぞれに切々たる状況を述べられました。 その内容についてはここでは個人情報になるので書けませんが、皆さん本当に厳しい状況を送られているといえます。 ただ、介護者同士、こうしてみれば、ああしてみればという意見も出て、楽しく話しあわれておられました。 専門職と家族というよりも、介護者同士の話の中で、皆さん心をほぐしていかれます。 そして異口同音に、来て、喋れてよかったと話されていました。 私たち側の課題も見いだせて、実りある時間になったのではないでしょうか。 本来ならお茶菓子も出せて、もう少しほっこりできればいいのですが、 それにはもう少し時間が掛かりそうですね。 次回開催もコロナ見になりそうですが、必要性大のつどいなので、早いうちに開催できればと思います。 [caption id="attachment_3885" align="alignnone" width="1024"] デイサービスの様子を写真を通じて説明を受けています。[/caption]  
ブログ投稿画像 伊能忠敬ってご存知ですか? 一言でいえば、江戸時代日本中を歩き回って測量し、日本地図を作製した人ですね。 現代、GPSで確認しても、その江戸時代の測量(自分たちが歩いて計測したもの)地図の正確さがわかります。 それは驚くほど偉大なことなのです。 伊能忠敬の凄さについては、ネットで調べてもらうとして、 映画「大河への道」に描かれていたのは、その超有名人を支えていた名もなき人々のことです。 伊能忠敬は歴史にその名を残していますが、 その伊能忠敬を支えてきた多くの人たちのほとんどは、歴史に名を残すことなく、 しかし歴史を形作る一員として存在していたのです。 思えば、歴史に名を残す人などほんの僅かな人です。 ほとんどの人は歴史に名を残すことなく、それでも確実にこの社会を支えています。 どんな有名人でも、周囲の人たちの何らかの支えがなければ、有名にはなれません。 自分は一人で頑張ってきたという人がいたならば、思い上がりでしかないでしょう。 社長だって、例えば誰かの手によって会社まで来ることができるし、誰かが作ってくれた食事を食べているのです。 時には名を残したいがためにあがく人もいたりして。 まさしく多くの人たちによって支えられているのが社会であり、 当然ケアの世界も同じでしょう。 確かに名だたるリーダーの存在は、社会には必要です。 でも、「あなたがいるからこそ、この社会は(職場は)動いている」ことも事実です。 「私は社会の(会社の)歯車の一つにしか過ぎない」という考えもあるでしょう。 しかし、その歯車がなければ、会社も社会も成り立たないのです。 歯車であっても、なくてはならない誇れる存在だし、 逆に「歯車扱いする」リーダーは、歴史に悪い意味で名を残すでしょう。 伊能忠敬、性格的には厳しい人のようでしたが、 年齢を経てからこれまでの商売の道とは全く違う世界へのチャレンジ精神や、 地図を作り上げるまでの熱意には、敬服すると同時に、 自分もまだまだ、なにかをしなければという思いにも繋がるのですね。 映画「大河への道」、めっちゃ面白かったです。