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2022.07.04

トピックス
New 通信障害と認知症 センター長の石川です。 私は以前から認知症は携帯電話が使えない状態と同じということをお話ししていました。 今、現在を生きる人たちにとって携帯電話は生活の一部どころか、 その人の心身の一部ともいえるくらい重要なものになっています。 「携帯電話が使えないとしたらどうする?」と、若い人に尋ねたら、 皆さんそれは困る、ありえないと返答します。それは若い人でなくても同じでしょう。 携帯電話は、認知機能そのものです。 認知機能の技術の粋をこめて作られたものです。 使う私たちも認知機能をフルに働かせてスマートフォンを使います。 しかし、ひとたびその認知機能があやふやになっていく認知症になってしまうと、 携帯電話は使えなくなってしまいます。 携帯電話は、あらゆる情報の収集や伝達、決済、予約に至るまで様々な機能を担っています。 その携帯電話に電波が来なくなってしまったら、現代の人たちはたちどころにパニックに陥ります。 何故ならば携帯電話は心身の一部と化しているからです。 情報が入らない、伝えられない、それだけで大パニックです。 怒り出す人がいれば、イライラする人もいます。 それはその人たちの生活そのものにも影響してしまうという状況だからでしょう。 認知症の人の場合、認知機能が働かなくなります。 つまり、携帯電話がつながらないのと同じ状況に陥ってしまうのです。 何を言われているのか理解しがたくなり、伝えようとすることも伝えられなくなるのです。 ですから混乱し、時に怒り、イライラし、消沈する人もいるでしょう。 何故ならば、生きていくことそのものが脅かされるからです。 まさしく今回のKDDIの通信障害は、 認知症の人と同じような状況に携帯の利用者がなってしまったといえます。 私もその一人でした。   しかし30年前までは、携帯電話などなくても普通に生活していました。 その時はその時で不便だとは思わなかったのです。 今こうして携帯電話の電波に翻弄されている人々。 便利な世の中、こんな世の中かもしれませんが、 ひとたび使えなくなってしまったら、これほどもろいものもありません。 一方認知症の人は、非認知機能の中で一生懸命に生きていく道をさぐっているといえます。 認知機能を駆使している現代人が、認知機能が使えなくなっても、 非認知機能を働かせて何とか生きていこうとする人を、上から視点で見降ろすことなんてできるのでしょうか? 認知症の人とのかかわり方のヒント、 それはデジタル化以前の世界にあるといえます。
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2022.06.30

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認知症の方、デイ、ショート利用の避暑がお勧めです! センター長の石川です。 早くも猛烈な暑さが続いていますね。 認知症の人にとって熱中症は恐ろしい怪物です。 どうしても認知機能が低下している状況なので、暑さ、寒さへの対処が難しくなります。 自ら水分を摂ったり、衣服の調整をしたり、エアコンを入れたりなどの 行動自体が起こせなくなってしまいます。 適切なサポートがないと、たちどころに熱中症にやられてしまいます。 認知症の人の場合、一番いいのは デイサービスやショートステイを活用して 避暑にくることです!   さて、熱中諸対策 まずは何と言っても水分補給ですね。 なかなか飲んでもらえないということもあるでしょうか、 味見を変えて(甘みがあるものも含めて)少しずつこまめに飲んでもらいましょう。 梨などの水分の多いものを食べてもらうのもいいと思います。 とにかく、くどいくらい水分補給を進めてください。 但し、一気に飲むのではなく、こまめに少しずつで。 エアコンは直接的に風が当たらないようにして、できれば除湿が良いでしょう。 エアコンを入れていても結構汗はかいているものなので、 水分補給はエアコンを入れていても怠らないように。 よく家庭訪問すると、どんなに暑くてもエアコンを入れていない高齢者の方がおられます。 電気代がかかるとか、手足が冷えるとか、 いろいろな理由があるとは思いますが、 熱中症はそんな考えなど関係なく、容赦なく襲ってきます。 電気代と命は引き換えることはできません。 冷えるのならば、風が直接当たらないようにして、 扇風機でかくはんするのもいいでしょう。 日中は極力外出しないようにしましょう。 認知症の人の場合、家でじっとしているのは苦痛です。 デイサービスやショートステイをこれまで以上に活用して 避暑に来ることも考えましょう。   認知症になってしまうと、 あらゆる感覚機能が落ちてしまいます。 周囲の者が気配りしなければ たちどころに熱中症に襲われてしまいます。 介護者も同じです。 水分補給と心地よい室温。 電気代も冷え性も、命の引換にはできません。 (イラストは、いらすと屋さんより)
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2022.06.17

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「なんでやねん!思考法」とは(前編) センター長の石川です。 ケアの現場では色々なアプローチが行われています。 理論的な難しいものや、一杯書き込むものもあります。 なかなか大変です。 そこで今回は、関西人の特性?を活かした「なんでやねん!思考法」について お話しする前編です。 そもそも「なんでやねん!」は、大阪人をはじめとした関西人には身についているものと言えます。 漫才の世界だけでなく、普段から私たちに身についている言葉でもあります。 身についているからこそ普段からよく思ったり、口にしたりします。 それを活用するのです。 ケアの現場では「気づき力」が問われますが、いざ真面目に考えると、気づき力と言われても…? ということになるでしょう。 しかし普段から心の中では「なんでやねん!」と思っていることが一杯あるはずなのです。 それは、え?と思うようなケアの内容かもしれませんし、 他の職員に対しても思うことかもしれません。 その「なんでやねん!」こそが気づき力なのです。 私もパソコン操作時に、例えばこのワード打刻時に、 パソコンが自分が思っているのと全然違う表示をしたら、 思わず「なんでやねん!」と毒ついていることが多々あります。 まぁ「なんでやねん!」と言いながらパソコンに向かって怒っているのですが、 「自分は間違ってない、パソコンがおかしい!」という意味でのなんでやねん!ですね。 しかしその99%は私の操作間違いと言えます。 「なんでやねん」は文句や疑問だけでなく、結局自分にも降りかかってくる言葉にもなります。 次回はこの「なんでやねん!」思考をどのように活かすかについて書いてみたいと思います。
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2022.06.10

トピックス
「なんでやねん」と思うことの大切さ これまで何度もこのブログで掲示してきた文章です。 多くの方の看取りをされてきた看護師さんの言葉です。 「私たちはあなたが、安らかに死を迎えられるだけでなく、 最後まで生きられるように最善を尽くします。」という言葉。 つまり、死を迎える看取りの看護介護だけではなく、死のその瞬間まで、その方の生活を支えていくこと。 ということですね。 看取り期であっても、その人の「生」を支えていくために最善を尽くすこと。なのです。 もうすぐ亡くなる方ではなく、最後まで生活者として、その方の意向や周辺環境を整えていくこと。 それがケア者としての務めでもあるでしょう。 とは言っても、忙しい毎日。「忙しい」と言うことは、なにかを亡くすこともあるでしょう。 特にコロナ禍において、ケアの現場は、ケアの現場だけの視点になります。 違った視点で見て感じる人(例えばご家族)の存在がなくなったからです。 だからこそ、私たち自身が「違った視点で見て感じること」 そして、「なんでやねん!」と思うことが、よりよいケアに生きてくるのです。 ではバタバタの業務の中、どうしたら「違った視点で見て感じること」ができるのでしょうか? それは「1分でいいので立ち止まり、視点を変えて考えてみること」です。 「え?どういう意味?」と思うかもしれません。 簡単です。 例えば「これって、入居者のAさんから見たらどう見えるんやろ?」 と、自分の視点以外で考えてみることです。 そうすると、Aさんから見えるケア職員は、なんでやねん!と思える存在かもしれません。 「自分がここで暮らすとしたら?」と、 1分でいいから立ち止まって考えてみることです。 「なんでやねん!」と思うことが見えてくるかもしれません。 「もし家族が来たならどう感じるやろ?」 など、ちょっとだけでいいので立ち止まって、別の視点で考えてみること。 このような「思考転換1分タイム」を自分の中に形作ること。 そうすると、「なんでやねん!」と思うことが一杯見えてくるかもしれません。 そうやって気づき力を少しずつ作っていかないと、100年たっても現場は変わらないでしょう。 「なんでやねん!」と思うことは、気づき力が養われるし、探求心にも繋がります。 決して批判の言葉ではなく、「変なところは修正していこう!」とか、 「探求心を働かせよう!」という意味なのです。 1分でいいので、「待てよ」と、違う視点で考えてみることです。 「なんでやねん」が見えてきたら、ケアが変わっていく第一歩です。
ブログ投稿画像 センター長の石川です。 私は以前から認知症は携帯電話が使えない状態と同じということをお話ししていました。 今、現在を生きる人たちにとって携帯電話は生活の一部どころか、 その人の心身の一部ともいえるくらい重要なものになっています。 「携帯電話が使えないとしたらどうする?」と、若い人に尋ねたら、 皆さんそれは困る、ありえないと返答します。それは若い人でなくても同じでしょう。 携帯電話は、認知機能そのものです。 認知機能の技術の粋をこめて作られたものです。 使う私たちも認知機能をフルに働かせてスマートフォンを使います。 しかし、ひとたびその認知機能があやふやになっていく認知症になってしまうと、 携帯電話は使えなくなってしまいます。 携帯電話は、あらゆる情報の収集や伝達、決済、予約に至るまで様々な機能を担っています。 その携帯電話に電波が来なくなってしまったら、現代の人たちはたちどころにパニックに陥ります。 何故ならば携帯電話は心身の一部と化しているからです。 情報が入らない、伝えられない、それだけで大パニックです。 怒り出す人がいれば、イライラする人もいます。 それはその人たちの生活そのものにも影響してしまうという状況だからでしょう。 認知症の人の場合、認知機能が働かなくなります。 つまり、携帯電話がつながらないのと同じ状況に陥ってしまうのです。 何を言われているのか理解しがたくなり、伝えようとすることも伝えられなくなるのです。 ですから混乱し、時に怒り、イライラし、消沈する人もいるでしょう。 何故ならば、生きていくことそのものが脅かされるからです。 まさしく今回のKDDIの通信障害は、 認知症の人と同じような状況に携帯の利用者がなってしまったといえます。 私もその一人でした。   しかし30年前までは、携帯電話などなくても普通に生活していました。 その時はその時で不便だとは思わなかったのです。 今こうして携帯電話の電波に翻弄されている人々。 便利な世の中、こんな世の中かもしれませんが、 ひとたび使えなくなってしまったら、これほどもろいものもありません。 一方認知症の人は、非認知機能の中で一生懸命に生きていく道をさぐっているといえます。 認知機能を駆使している現代人が、認知機能が使えなくなっても、 非認知機能を働かせて何とか生きていこうとする人を、上から視点で見降ろすことなんてできるのでしょうか? 認知症の人とのかかわり方のヒント、 それはデジタル化以前の世界にあるといえます。
ブログ投稿画像 センター長の石川です。 早くも猛烈な暑さが続いていますね。 認知症の人にとって熱中症は恐ろしい怪物です。 どうしても認知機能が低下している状況なので、暑さ、寒さへの対処が難しくなります。 自ら水分を摂ったり、衣服の調整をしたり、エアコンを入れたりなどの 行動自体が起こせなくなってしまいます。 適切なサポートがないと、たちどころに熱中症にやられてしまいます。 認知症の人の場合、一番いいのは デイサービスやショートステイを活用して 避暑にくることです!   さて、熱中諸対策 まずは何と言っても水分補給ですね。 なかなか飲んでもらえないということもあるでしょうか、 味見を変えて(甘みがあるものも含めて)少しずつこまめに飲んでもらいましょう。 梨などの水分の多いものを食べてもらうのもいいと思います。 とにかく、くどいくらい水分補給を進めてください。 但し、一気に飲むのではなく、こまめに少しずつで。 エアコンは直接的に風が当たらないようにして、できれば除湿が良いでしょう。 エアコンを入れていても結構汗はかいているものなので、 水分補給はエアコンを入れていても怠らないように。 よく家庭訪問すると、どんなに暑くてもエアコンを入れていない高齢者の方がおられます。 電気代がかかるとか、手足が冷えるとか、 いろいろな理由があるとは思いますが、 熱中症はそんな考えなど関係なく、容赦なく襲ってきます。 電気代と命は引き換えることはできません。 冷えるのならば、風が直接当たらないようにして、 扇風機でかくはんするのもいいでしょう。 日中は極力外出しないようにしましょう。 認知症の人の場合、家でじっとしているのは苦痛です。 デイサービスやショートステイをこれまで以上に活用して 避暑に来ることも考えましょう。   認知症になってしまうと、 あらゆる感覚機能が落ちてしまいます。 周囲の者が気配りしなければ たちどころに熱中症に襲われてしまいます。 介護者も同じです。 水分補給と心地よい室温。 電気代も冷え性も、命の引換にはできません。 (イラストは、いらすと屋さんより)
ブログ投稿画像 センター長の石川です。 ケアの現場では色々なアプローチが行われています。 理論的な難しいものや、一杯書き込むものもあります。 なかなか大変です。 そこで今回は、関西人の特性?を活かした「なんでやねん!思考法」について お話しする前編です。 そもそも「なんでやねん!」は、大阪人をはじめとした関西人には身についているものと言えます。 漫才の世界だけでなく、普段から私たちに身についている言葉でもあります。 身についているからこそ普段からよく思ったり、口にしたりします。 それを活用するのです。 ケアの現場では「気づき力」が問われますが、いざ真面目に考えると、気づき力と言われても…? ということになるでしょう。 しかし普段から心の中では「なんでやねん!」と思っていることが一杯あるはずなのです。 それは、え?と思うようなケアの内容かもしれませんし、 他の職員に対しても思うことかもしれません。 その「なんでやねん!」こそが気づき力なのです。 私もパソコン操作時に、例えばこのワード打刻時に、 パソコンが自分が思っているのと全然違う表示をしたら、 思わず「なんでやねん!」と毒ついていることが多々あります。 まぁ「なんでやねん!」と言いながらパソコンに向かって怒っているのですが、 「自分は間違ってない、パソコンがおかしい!」という意味でのなんでやねん!ですね。 しかしその99%は私の操作間違いと言えます。 「なんでやねん」は文句や疑問だけでなく、結局自分にも降りかかってくる言葉にもなります。 次回はこの「なんでやねん!」思考をどのように活かすかについて書いてみたいと思います。
ブログ投稿画像 これまで何度もこのブログで掲示してきた文章です。 多くの方の看取りをされてきた看護師さんの言葉です。 「私たちはあなたが、安らかに死を迎えられるだけでなく、 最後まで生きられるように最善を尽くします。」という言葉。 つまり、死を迎える看取りの看護介護だけではなく、死のその瞬間まで、その方の生活を支えていくこと。 ということですね。 看取り期であっても、その人の「生」を支えていくために最善を尽くすこと。なのです。 もうすぐ亡くなる方ではなく、最後まで生活者として、その方の意向や周辺環境を整えていくこと。 それがケア者としての務めでもあるでしょう。 とは言っても、忙しい毎日。「忙しい」と言うことは、なにかを亡くすこともあるでしょう。 特にコロナ禍において、ケアの現場は、ケアの現場だけの視点になります。 違った視点で見て感じる人(例えばご家族)の存在がなくなったからです。 だからこそ、私たち自身が「違った視点で見て感じること」 そして、「なんでやねん!」と思うことが、よりよいケアに生きてくるのです。 ではバタバタの業務の中、どうしたら「違った視点で見て感じること」ができるのでしょうか? それは「1分でいいので立ち止まり、視点を変えて考えてみること」です。 「え?どういう意味?」と思うかもしれません。 簡単です。 例えば「これって、入居者のAさんから見たらどう見えるんやろ?」 と、自分の視点以外で考えてみることです。 そうすると、Aさんから見えるケア職員は、なんでやねん!と思える存在かもしれません。 「自分がここで暮らすとしたら?」と、 1分でいいから立ち止まって考えてみることです。 「なんでやねん!」と思うことが見えてくるかもしれません。 「もし家族が来たならどう感じるやろ?」 など、ちょっとだけでいいので立ち止まって、別の視点で考えてみること。 このような「思考転換1分タイム」を自分の中に形作ること。 そうすると、「なんでやねん!」と思うことが一杯見えてくるかもしれません。 そうやって気づき力を少しずつ作っていかないと、100年たっても現場は変わらないでしょう。 「なんでやねん!」と思うことは、気づき力が養われるし、探求心にも繋がります。 決して批判の言葉ではなく、「変なところは修正していこう!」とか、 「探求心を働かせよう!」という意味なのです。 1分でいいので、「待てよ」と、違う視点で考えてみることです。 「なんでやねん」が見えてきたら、ケアが変わっていく第一歩です。