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「認知症の教室(専門職用)」で記事を検索しました。

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2025.04.30

認知症の教室(専門職用)
知覧の空 知覧の空は、雨雲でした。 一度は訪れておかなければならない場所でした。 特攻隊員の遺書 それは末代まで残る最後の手紙 なので、死にたくないとか、怖いとかの言葉はありません。 ただ、感謝の言葉はあふれています。 そして若くして死んでいった若者たちの写真、写真、写真… 遺書にも書けなかった、彼らの思いはどのようなものだったのだろうか… 館内は撮影禁止です   今は、平気でSNSで他人を誹謗中傷し、時に死に追いやるような時代 その当事者たちにこそ、誹謗中傷することがいかに情けなく恥ずかしく かっこ悪いことだということを、この地に足を運んで知ってもらいたい。 鹿児島湾で引き揚げられたゼロ戦。これは撮影可能。   以前、認知症状がある方の家を訪問したことがあります。 その男性は、今はちょっとした中小企業の社長だった人でしたが、 若き日は技術工であったためか、太平洋戦争中は整備兵として徴兵されていたのでした。 その方と話をする中で、何度も何度も話されたのが、特攻隊員の話でした。 その方は戦闘機の整備兵として、陸軍知覧飛行場に配属されていたのです。 特攻隊員出撃の地である知覧。 整備兵であった彼は、飛び立っていく若者たちの飛行機に手を振って見送るばかりです。 「何回も何回も、同じ年齢の若い彼らが特攻で飛び立っていくのを見送った。  でも一人として帰ってくるものはいなかった…」 そう話すと、その方は号泣されました。 どのような思いだったのでしょうか。 同じ年齢の若者たちが、国を救うためにと命を投げ出して飛び立っていく。 それを見送るだけの悔しさもあったでしょう。そして本当に帰ってこない悲しさもあったでしょう。 同時に整備兵でよかったという思いもあったかもしれません。 とても複雑な思いだったに違いありません。 だからこそ戦後何十年経っても忘れられぬ光景として、その方の記憶に深く刻まれていたのです。 認知症であっても、忘れられぬ記憶 それは若くして死んでいった者たちへのレクイエムなのかもしれません。 あらためて、多くの若者の命を奪った 「戦争を始めた」者たちのことを問わなければならないでしょう。    
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2025.03.31

認知症の教室(専門職用)
日々淡々と 最近はほかにすべきことも多く ブログが放置がちです。 話題はいくらでもあるのですが、 一番の理由は、今はブログへの情熱がない時期と言えるでしょう。 時期ということで、そのうちにまた復活するとは思いますが… ということで、年度末なので何かを書かなければと。 友の会後援会での人生会議のお話。 国からどんと落とされると、ふん!という気持ちにもなりますが、 元々必要性を唱えて来られていたのが川邉ご夫妻先生ですね。 ただ、在宅分野の看取り体制がもっと充実すれば、 選択肢も増えると思います。 さて、私のスマホ。 なんか反ってますよと言われ、カバーを外したところ なんと、まるで貝のように口を開いているではありませんか! いわゆるバッテリーの熱膨張でこうなったようです。 こんな状態でも普通に作動していたのですが、 爆発、発火が怖いので早々交換しました。 皆様もお気をつけて。 稲田地区では声掛け訓練が実施されました。 詳細については、アーバンケア稲田があげてくれていると思いますので ここではカットしますが、警察官も訓練に参加 ちょっと怪しい社協職員に職質中? でも警察官本人の参加はいいですね。 ということで、アーバンケア島之内の桜も咲いてきました。 とりあえず、スマホでの撮影ですが、 今週には満開になりますね。 「桜は人生のマイルストーン」 今年も見れたことに感謝ですね。
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2025.03.17

認知症の教室(専門職用)
ほっこりなつどい開催されました(ちょっぴり涙も) 相変わらずブログをさぼり気味で申し訳ないです。 さて、15日に認知症の人を介護されている家族の会 「ほっこりなつどい」が開催されました。 今回はなんと、男性5名女性1名という、男性介護者主体の集いとなりました。 このようなことも珍しいですね。 妻の認知症の進行に悩む夫がお二人 同様に父の進行に悩む息子さん 母の認知症を見つめる息子さん 若年性認知症の人をケアするご家族… 様々な立場で、各々心のうちを話されていました。 久しぶりに母と散歩や外食を楽しんだという娘さんは その喜びを熱く語っておられました。 男性の介護者としての悩みを、それぞれ皆さんから話されましたが、 思わず怒りが立ち込めたとき、どうしたらいいかという話になりました。 ある参加者は、「ぼけますからよろしくお願いします」の映画をフルバージョンで見られ あれだけ一生懸命介護されている夫でも、怒りを爆発させたシーンを見て、 ほっとしたと語っておられました。 爆発したい気持ちを必死になって押さえる日々のつらさ 認知症の本人のことを思い、良き介護者でなければならないということへのプレッシャー それが、映画を見て、良き介護者であっても、 「怒りをぶちまけたい時があるよね、」と思うと、ほっとしたとのこと。 毎日様々な思いの中で過ごしておられることがひしひしと伝わってきます。 また若年性認知症の人の介護者の方は、 デイサービスで元気に過ごされている様子を聞いて、 涙を流されておられました。 色々と思うこと一杯なのですね。 と、男性5名の家族会。ちょこっと異色? いやいや 男性介護者にも、それなりの悩みがあるのです。 やはり、家族の会は、介護家族に対するセキュアベース(心の安全基地)なのですね。        
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2025.03.04

認知症の教室(専門職用)
「記憶」をテーマにした映画 まったくもってブログをさぼっております。 他に行うことが多々あり、ブログが置き去りになっていました。 というか、ブログも「熱意」が湧かないとなかなか書けないものです。 最近はブログに対する熱意が薄くなっている「時期」かもしれません。 そのうちまた色々と書き始める時が来ると思いますので。 さて、「記憶」がテーマの映画を見てきました。 「あの歌を憶えている」という題名の映画です。 若年性認知症の男性とPTSDに苦しむ女性との恋愛物語でしょうか。 記憶を失っていくことで苦しむ男性と、幼い頃の性的虐待の記憶に苦しむ女性 その対比を描いたとも言えます。 記憶って、生きていく上でとても大切なものですが、 その記憶の消失は言いようのない不安や焦燥感が襲ってきます。 一方その記憶がその人の人生(生涯)に多大なる影響を与える苦しみとしても存在します。 そんな二つの「記憶の交差」がこの映画かもしれません。 結局はお互いがその苦しみを共有し、支えあうことで生きていこうとするのですね。 どのような「記憶」の状況であろうと、その人の心にそっと寄り添い支えていくこと。 その大切さを感じさせてくれた映画でした。 それにしても邦題の「あの歌を憶えている」っていうのはダメだな。 センスが全然ありません。 ただ挿入曲の「青い影」は、オールドエイジの人間にとっては 感傷に浸れる名曲ですね。    
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2025.02.08

認知症の教室(専門職用)
第9回シンポジウム開催されました(その2ネットワーク委員の先生方の講演) 第1部の信友先生の講演に続き、 第2部はネットワーク委員の先生方による講演です。 ネットワーク委員の皆様です。 最初に「認知症の進行を防ぐキーワード」として、 河内医師会の尾﨑先生、西岡先生、河内薬剤師会の川口先生による クイズ形式の講演でした。 認知症と睡眠は関係ある? アミロイドβは一年で溜まる? 希望すれば誰でもレカネマブの治療を受けることができる? 等々たくさんの質問に、皆さんが〇✕で答え、先生方が回答するというものでした。 脳細胞は何歳になっても新しい細胞ができる(〇) その通りですね。但し、新しい体験をやってみるなどの行動が必要になります。 面白かったのは、関西人にとって阪神タイガースの優勝が 認知症予防につながるという研究ですね。 今年もタイガースに頑張ってもらいましょう。 続いて東歯科医師会の橋本先生による講演。 これはいかに口腔ケアや歯周病予防が、認知症のみならず、あらゆる病気予防のために 重要であるかということが、よくわかるものでした。 ビデオもわかりやすかったですね。 今回、休憩なしの2時間でしたが、皆さん動くこともなく、 ぴったり2時間楽しまれておりました。 時間がなくてほとんどできませんでしたが、早口体操 これは機会を新たにしてゆっくりと実施してもらいましょう。    
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2025.02.05

認知症の教室(専門職用)
第9回シンポジウム開催されました!(その1信友先生の講演) 2月1日(土)英田地区認知症ケアネットワーク推進委員会  第9回シンポジウムが開催されました。 (場所:アーバンチャイルドこども園) 200名近くの方で、ホールは満員となりました。 10年前にネットワーク委員会を立ち上げられた理事長の挨拶から始まりました。   第一部は、映画「ぼけますからよろしくお願いします」の映画監督信友直子さんの特別講演でした。 信友様は、東京のテレビ局でドキュメンタリー作品の制作を数多く手掛けられた方なのですが、 お母様が認知症になられ、95歳のお父様が老々介護されるという状況の中、 家族でしか撮れないものという思いもあり、映画製作に至った経緯があります。 今回の講演では、映画の一場面を見てもらいながら、 認知症になられたお母様や介護者の心境を語られました。 その中で、母としての存在感をいかに大切にするのか そして混乱の中にある認知症の人の思いをどう受け止めていくのか 映像付きだったため、なおわかりやすかったのではないでしょうか。 お話しの後半では、なんと104歳になられたお父様の現状についてのお話もありました。 映画の影響もあり、今やお父様は街の人気者だそうです。 家族は抱え込まず、介護のサービスや地域の人達など 様々な人に頼ってもいいのだという話が印象的でした。 もう少しお話を深めたかったこともあるのですが、時間が足りず残念でした。 信友様には、シンポジウム後、遅くまで書籍の販売と共に サイン会にも応じていただき、素敵なサイン本をいただくことが出来ました。 シンポジウムは信友さまの後、 第二部へと続きました。      
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2025.01.27

認知症の教室(専門職用)
日々新たなり 何かとあれやこれやとやっている日々を送ると ついつい忘れがちになってしまうブログアップです。 ちょっと載せない間にも色々な出来事がありました。 それらは日々新たなる、前へ進むための一歩と言えますね。 107回目になる英田地区認知症ケアネットワーク委員会も開催されました。 2月1日のシンポジウムに向けての打ち合わせが中心となりました。 先生方も熱が入ってきましたね。 そのシンポジウムですが、凄い人数の申し込みがあり、 当初予定していた120名をはるかに超えたため、会場レイアウトを見直しました。 約190名の方が来られる予定です。 満員御礼ですね。 また、家族会も開催されました。 色々な思いを語られ、「お薬」をどう使うのか? などと言うちょっとシビアな話もありました。 出来れば使わないことに越したことはないのですが。 また、最後には宮崎のシンガーソングライター大野勇太氏の「消えない日々」を 聴いてもらいました。 「たとえ言葉が出なくなっても、ぬくもりは感じ取れる…」 認知症の人の介護者の気持ちを唄った歌ですね。 なかなかしっとりとした唄です。 https://www.youtube.com/watch?v=pfHpNolahKI 日々新たなり 毎日様々なことが起きますが、 ネガティブに考えるのではなく、 新たな日々として、前向きに考えていきたいですね。  
ブログ投稿画像 知覧の空は、雨雲でした。 一度は訪れておかなければならない場所でした。 特攻隊員の遺書 それは末代まで残る最後の手紙 なので、死にたくないとか、怖いとかの言葉はありません。 ただ、感謝の言葉はあふれています。 そして若くして死んでいった若者たちの写真、写真、写真… 遺書にも書けなかった、彼らの思いはどのようなものだったのだろうか… [caption id="attachment_6095" align="alignnone" width="1024"] 館内は撮影禁止です[/caption]   今は、平気でSNSで他人を誹謗中傷し、時に死に追いやるような時代 その当事者たちにこそ、誹謗中傷することがいかに情けなく恥ずかしく かっこ悪いことだということを、この地に足を運んで知ってもらいたい。 [caption id="attachment_6094" align="alignnone" width="1024"] 鹿児島湾で引き揚げられたゼロ戦。これは撮影可能。[/caption]   以前、認知症状がある方の家を訪問したことがあります。 その男性は、今はちょっとした中小企業の社長だった人でしたが、 若き日は技術工であったためか、太平洋戦争中は整備兵として徴兵されていたのでした。 その方と話をする中で、何度も何度も話されたのが、特攻隊員の話でした。 その方は戦闘機の整備兵として、陸軍知覧飛行場に配属されていたのです。 特攻隊員出撃の地である知覧。 整備兵であった彼は、飛び立っていく若者たちの飛行機に手を振って見送るばかりです。 「何回も何回も、同じ年齢の若い彼らが特攻で飛び立っていくのを見送った。  でも一人として帰ってくるものはいなかった…」 そう話すと、その方は号泣されました。 どのような思いだったのでしょうか。 同じ年齢の若者たちが、国を救うためにと命を投げ出して飛び立っていく。 それを見送るだけの悔しさもあったでしょう。そして本当に帰ってこない悲しさもあったでしょう。 同時に整備兵でよかったという思いもあったかもしれません。 とても複雑な思いだったに違いありません。 だからこそ戦後何十年経っても忘れられぬ光景として、その方の記憶に深く刻まれていたのです。 認知症であっても、忘れられぬ記憶 それは若くして死んでいった者たちへのレクイエムなのかもしれません。 あらためて、多くの若者の命を奪った 「戦争を始めた」者たちのことを問わなければならないでしょう。    
ブログ投稿画像 最近はほかにすべきことも多く ブログが放置がちです。 話題はいくらでもあるのですが、 一番の理由は、今はブログへの情熱がない時期と言えるでしょう。 時期ということで、そのうちにまた復活するとは思いますが… ということで、年度末なので何かを書かなければと。 友の会後援会での人生会議のお話。 国からどんと落とされると、ふん!という気持ちにもなりますが、 元々必要性を唱えて来られていたのが川邉ご夫妻先生ですね。 ただ、在宅分野の看取り体制がもっと充実すれば、 選択肢も増えると思います。 さて、私のスマホ。 なんか反ってますよと言われ、カバーを外したところ なんと、まるで貝のように口を開いているではありませんか! いわゆるバッテリーの熱膨張でこうなったようです。 こんな状態でも普通に作動していたのですが、 爆発、発火が怖いので早々交換しました。 皆様もお気をつけて。 稲田地区では声掛け訓練が実施されました。 詳細については、アーバンケア稲田があげてくれていると思いますので ここではカットしますが、警察官も訓練に参加 ちょっと怪しい社協職員に職質中? でも警察官本人の参加はいいですね。 ということで、アーバンケア島之内の桜も咲いてきました。 とりあえず、スマホでの撮影ですが、 今週には満開になりますね。 「桜は人生のマイルストーン」 今年も見れたことに感謝ですね。
ブログ投稿画像 相変わらずブログをさぼり気味で申し訳ないです。 さて、15日に認知症の人を介護されている家族の会 「ほっこりなつどい」が開催されました。 今回はなんと、男性5名女性1名という、男性介護者主体の集いとなりました。 このようなことも珍しいですね。 妻の認知症の進行に悩む夫がお二人 同様に父の進行に悩む息子さん 母の認知症を見つめる息子さん 若年性認知症の人をケアするご家族… 様々な立場で、各々心のうちを話されていました。 久しぶりに母と散歩や外食を楽しんだという娘さんは その喜びを熱く語っておられました。 男性の介護者としての悩みを、それぞれ皆さんから話されましたが、 思わず怒りが立ち込めたとき、どうしたらいいかという話になりました。 ある参加者は、「ぼけますからよろしくお願いします」の映画をフルバージョンで見られ あれだけ一生懸命介護されている夫でも、怒りを爆発させたシーンを見て、 ほっとしたと語っておられました。 爆発したい気持ちを必死になって押さえる日々のつらさ 認知症の本人のことを思い、良き介護者でなければならないということへのプレッシャー それが、映画を見て、良き介護者であっても、 「怒りをぶちまけたい時があるよね、」と思うと、ほっとしたとのこと。 毎日様々な思いの中で過ごしておられることがひしひしと伝わってきます。 また若年性認知症の人の介護者の方は、 デイサービスで元気に過ごされている様子を聞いて、 涙を流されておられました。 色々と思うこと一杯なのですね。 と、男性5名の家族会。ちょこっと異色? いやいや 男性介護者にも、それなりの悩みがあるのです。 やはり、家族の会は、介護家族に対するセキュアベース(心の安全基地)なのですね。        
ブログ投稿画像 まったくもってブログをさぼっております。 他に行うことが多々あり、ブログが置き去りになっていました。 というか、ブログも「熱意」が湧かないとなかなか書けないものです。 最近はブログに対する熱意が薄くなっている「時期」かもしれません。 そのうちまた色々と書き始める時が来ると思いますので。 さて、「記憶」がテーマの映画を見てきました。 「あの歌を憶えている」という題名の映画です。 若年性認知症の男性とPTSDに苦しむ女性との恋愛物語でしょうか。 記憶を失っていくことで苦しむ男性と、幼い頃の性的虐待の記憶に苦しむ女性 その対比を描いたとも言えます。 記憶って、生きていく上でとても大切なものですが、 その記憶の消失は言いようのない不安や焦燥感が襲ってきます。 一方その記憶がその人の人生(生涯)に多大なる影響を与える苦しみとしても存在します。 そんな二つの「記憶の交差」がこの映画かもしれません。 結局はお互いがその苦しみを共有し、支えあうことで生きていこうとするのですね。 どのような「記憶」の状況であろうと、その人の心にそっと寄り添い支えていくこと。 その大切さを感じさせてくれた映画でした。 それにしても邦題の「あの歌を憶えている」っていうのはダメだな。 センスが全然ありません。 ただ挿入曲の「青い影」は、オールドエイジの人間にとっては 感傷に浸れる名曲ですね。    
ブログ投稿画像 第1部の信友先生の講演に続き、 第2部はネットワーク委員の先生方による講演です。 [caption id="attachment_6037" align="alignnone" width="1024"] ネットワーク委員の皆様です。[/caption] 最初に「認知症の進行を防ぐキーワード」として、 河内医師会の尾﨑先生、西岡先生、河内薬剤師会の川口先生による クイズ形式の講演でした。 認知症と睡眠は関係ある? アミロイドβは一年で溜まる? 希望すれば誰でもレカネマブの治療を受けることができる? 等々たくさんの質問に、皆さんが〇✕で答え、先生方が回答するというものでした。 脳細胞は何歳になっても新しい細胞ができる(〇) その通りですね。但し、新しい体験をやってみるなどの行動が必要になります。 面白かったのは、関西人にとって阪神タイガースの優勝が 認知症予防につながるという研究ですね。 今年もタイガースに頑張ってもらいましょう。 続いて東歯科医師会の橋本先生による講演。 これはいかに口腔ケアや歯周病予防が、認知症のみならず、あらゆる病気予防のために 重要であるかということが、よくわかるものでした。 ビデオもわかりやすかったですね。 今回、休憩なしの2時間でしたが、皆さん動くこともなく、 ぴったり2時間楽しまれておりました。 時間がなくてほとんどできませんでしたが、早口体操 これは機会を新たにしてゆっくりと実施してもらいましょう。    
ブログ投稿画像 2月1日(土)英田地区認知症ケアネットワーク推進委員会  第9回シンポジウムが開催されました。 (場所:アーバンチャイルドこども園) 200名近くの方で、ホールは満員となりました。 [caption id="attachment_6030" align="alignnone" width="1024"] 10年前にネットワーク委員会を立ち上げられた理事長の挨拶から始まりました。[/caption]   第一部は、映画「ぼけますからよろしくお願いします」の映画監督信友直子さんの特別講演でした。 信友様は、東京のテレビ局でドキュメンタリー作品の制作を数多く手掛けられた方なのですが、 お母様が認知症になられ、95歳のお父様が老々介護されるという状況の中、 家族でしか撮れないものという思いもあり、映画製作に至った経緯があります。 今回の講演では、映画の一場面を見てもらいながら、 認知症になられたお母様や介護者の心境を語られました。 その中で、母としての存在感をいかに大切にするのか そして混乱の中にある認知症の人の思いをどう受け止めていくのか 映像付きだったため、なおわかりやすかったのではないでしょうか。 お話しの後半では、なんと104歳になられたお父様の現状についてのお話もありました。 映画の影響もあり、今やお父様は街の人気者だそうです。 家族は抱え込まず、介護のサービスや地域の人達など 様々な人に頼ってもいいのだという話が印象的でした。 もう少しお話を深めたかったこともあるのですが、時間が足りず残念でした。 信友様には、シンポジウム後、遅くまで書籍の販売と共に サイン会にも応じていただき、素敵なサイン本をいただくことが出来ました。 シンポジウムは信友さまの後、 第二部へと続きました。      
ブログ投稿画像 何かとあれやこれやとやっている日々を送ると ついつい忘れがちになってしまうブログアップです。 ちょっと載せない間にも色々な出来事がありました。 それらは日々新たなる、前へ進むための一歩と言えますね。 107回目になる英田地区認知症ケアネットワーク委員会も開催されました。 2月1日のシンポジウムに向けての打ち合わせが中心となりました。 先生方も熱が入ってきましたね。 そのシンポジウムですが、凄い人数の申し込みがあり、 当初予定していた120名をはるかに超えたため、会場レイアウトを見直しました。 約190名の方が来られる予定です。 満員御礼ですね。 また、家族会も開催されました。 色々な思いを語られ、「お薬」をどう使うのか? などと言うちょっとシビアな話もありました。 出来れば使わないことに越したことはないのですが。 また、最後には宮崎のシンガーソングライター大野勇太氏の「消えない日々」を 聴いてもらいました。 「たとえ言葉が出なくなっても、ぬくもりは感じ取れる…」 認知症の人の介護者の気持ちを唄った歌ですね。 なかなかしっとりとした唄です。 https://www.youtube.com/watch?v=pfHpNolahKI 日々新たなり 毎日様々なことが起きますが、 ネガティブに考えるのではなく、 新たな日々として、前向きに考えていきたいですね。