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「2021年06月」で記事を検索しました。

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2021.06.25

トピックス
認知症不明者8年連続増加 センター長の石川です。 今朝の朝日新聞に、厳しい状況の記事が載っていました。 8年連続で、認知症で行方不明になった方が増えているというものです。 残念ながら、遺体で見つかった方も過去最多になったとか。 都道府県別では、何故か毎年大阪がトップになっているのです。 やはり記事にもあるように、地域での見守り力が大切になります。 しかしそれがコロナ禍においては厳しくなっている現状があります。 それでも、 マスクをしていない、表情が険しい、きょろきょろしているなどの行動の方を見られたら、 警察に連絡しにくければ、最寄りの地域包括支援センターに連絡を頂ければと思います。 GPSについては、確かにとても役に立つものだと思います。 介護者にもよくお勧めするのですが、 問題は、いかに本人に持ってもらうかなというところです。 これをやはり皆さん四苦八苦されるのです。 普段から本人が必ず身につけるものに組み込めればいいのですが それも簡単ではありません。 大阪が行方不明者トップなのは、それだけ大阪が開放的であるとも考えられます。 その分、地域の見守り体制も、行政を含めた形でもっと充実させていかなければなりませんね。
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2021.06.19

トピックス
相手の気持ちを想像してみよう センター長の石川です。 難しい対人援助の話ではありません。 相手が今どんなことを思ってるのだろうと考えることを 楽しく身につけていく練習をやって欲しいのです。 愛犬や愛猫などペットを飼われている方は、 そのペットと会話できる人もいるかもしれませんが、 その領域を広げて様々なもの(生命体でなくてもよい)と会話をしてみることです。 例えば、この写真 「なんておいしい蜜なんでしょ!これで私もっと美蝶々になれるわ!」 と言うように、この蝶になった気持ちで考えてみます。 「なんや、なんか文句あるんか!噛んだろか」 みたいに虫の気持ちをわかるかも。 「はぁ、やっとの思いで山崎城を占拠したと思ったら、秀吉に先を越されたやんか」 カタツムリなりに一生懸命なのですが、時代には取り残されてしまいます。 皆さんも、色々な考え方が出来るかもしれませんね。 動植物でない、生命体でなくても会話は出来ます。 「あれだけ人のお尻を支えてきたのになぁ~ 用済みになってポイ!か… 寂しいなぁ~」 このように考えると、もっと「モノ」も大切に考えるかもしれませんね。 不注意で壁に穴をあけてしまったとします。 「痛!何すんねん!もっと注意してやらんかい!この傷口、元には戻れへんねんぞ!」 みたいに壁は思っているかもしれません。 物が生きているとしたら、粗末に扱えますかね? 私が壁だったら、怒りますよ(笑)
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2021.06.16

トピックス
心のフィルター(たぶん1) 私たちが何かを見るプロセスには「知覚」と「認知」の二つがあります。 (「認知」は認知機能のことで、認知症そのものをいうものではありません。但し、この認知機能の低下が認知症となるのですが。) この「知覚」と「認知」。 つまり私たちは目や耳や鼻で或いは触った感覚、味わった感覚で情報を脳に送ります。 しかし私たちは、純粋に眼から入る光を見ているのではなく、心のフィルターを通して判断しているのです。 (これを美しいと捉えるか、汚いと捉えるか、或いは…) 誰もが同じものを見ているのに、心のフィルターが違った判断を示します。 例えば目の前に怒っているAさんがいます。 そしてそのAさんの前にB職員とC職員がいます。 BもCも同じ怒っているAさんを見ています。見ているものは同じですね。 しかし、B職員はAさんを見て「困ったな、また怒ってるどうしよう?」と思っています。 一方C職員は、「一体何に怒ってるのかな?何かに困ってるのかな?」と思っています。 同じAさんを見てるのに感じ方は違います。 これが心のフィルターです。 散らかった机の上を見て、「整理のできない人だ」と見るか 「仕事が大変なんだな」と見るか 或いは「仕事大変なんだな。もう少し整理すればより仕事がはかどるのに」と思う人もいるかもしれません。 上司からの指示文面に、「なるほど」と思う人、「指示順守」と思う人、 「現場の大変さもわかってないくせに」と思う人もいるかもしれません。 捉え方がみんな違うのは、それぞれの個性もあるでしょうが、 心のフィルターが多分に働いているのです。 上記のB職員は、自分の困りごととして捉えていますが。 C職員はAさんの困りごとを考えようとしています。 このように「どこを見るか」によっても判断が変わってくるのです。 B職員の考えに同様な職員が多ければ、 Aさんは「困った認知症の人」というレッテルが貼られてしまうでしょう。 上司からの指示文面も、すぐに納得するのではなく、 つまり自分が納得すればいいのではなく、 他の人たちにも分かってもらえるかなと言う思いも必要ですし、 納得できない人は、何故納得できないのかを言わないと、単なるダークな人間になってしまいます。 要は、一度まなざしをリセットし、視点の置き場所を変えてみることです。 (同じ水が入ったコップを見ていても、もう半分しかないと思う人と、半分もあると思う人がいます)   コロナウイルスでは、ワクチンもマスクも危ないと言う人もいます。 これはコロナウイルスが見えないだけに不安を増長させてしまうからかもしれません。 しかし、もしコロナウイルスが「見える」ならば、判断は違ったものになるかもしれないのです。
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2021.06.12

トピックス
蛍村の風景 センター長の石川です。 グーグルにタイムラインと言う機能があり、 毎月の訪問先を振り返られるようになっています。 それを見ると私の行動範囲がわかるのですが、 仕事で東大阪に来ている以外、見事に4月5月ともに北摂から出ることはありませんでした。 アウトドアや遠征が大好きなのに、大阪市内にも一歩も入らず、 北摂でじっと我慢していたことになります。 星空撮影に最適な奈良の山奥(鹿しかいない)に行くのも我慢してました。 行先で挙げられていたのも、池田市文化会館(ワクチン接種のため)と、 箕面のお酒のディスカウント店だけでした。 さて、そんな北摂でも、能勢に行くと、ここは大阪なのか?と思うほどめっちゃ田舎になります。 そして、乱舞まではいかない、蛍街まではいかないけれど、 蛍村ほどのホタルたちには出会うことが出来ました。 「大阪でも」こんなに蛍がいるところがあるんやと思うと、なんか凄いなと思いますね。 星空撮影に行けない分、蛍の光撮影を楽しませてもらいました。 残念ながら大阪は田舎であっても、奈良のような鹿しかいないほどの山奥ではないので、 蛍は撮影出来ても星空は撮影できません。 しかし、田舎はいいですね。蛍はいても、人はいない。(休日前や休日は人が多いかも) でも鹿や蛇には気を付けないと。 何かと制限の多い時期ですが、少し工夫して田舎の風景を見に行くのも いいかもしれません。
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2021.06.10

トピックス
「アデュカヌマブ」は認知症への救世主になれるのか? センター長の石川です。 ニュースで大きく取り上げられていたアルツハイマー病の治療薬「アデュカヌマブ」 まるで特効薬が出来たかのような騒ぎになっていますが、 はたして認知症で苦しむ人の救世主になるのでしょうか? まずマスコミは「治療薬」と言う言葉を使いますが、 「治療」はいわゆる健康な状態に戻すということになります。 しかし「アデュカヌマブ」はあくまでも完治するための薬ではなく、 病気の進行を止めるための薬です。 ご承知の通り、脳にアミロイドβという異常なたんぱく質が溜まり、 これが神経細胞を破壊し、アルツハイマー病に至るのですが、 そのアミロイドβを除去していく働きをするのが「アデュカヌマブ」なのです。 ここでわかりやすくまとめてみます。 〇「アデュカヌマブ」はあくまでも認知症を治す(認知症がない状態に戻す)ものではない 〇何故ならば、一度破壊された神経を元に戻すことが出来ないからです。 〇但し、早期から「アデュカヌマブ」が使えれば、ダメージをかなり少なくできます。 〇また、アミロイドβを以降溜め込まないので、神経細胞の破壊が予防できます。 〇つまり、「アデュカヌマブ」は治療薬と言うより、進行を抑制する薬と言えます。 〇ところが現状ではめっちゃ高価(月1回投与で50万?)で、庶民には手が出せません。 〇保険適用になるかは、現状では厳しそうです。 〇点滴による投与になります。 〇治験結果は見切り発車的で、効果がないと判断される場合もあります。 〇投与が必要な方や、いつ頃からかという判断がかなり難しいです。 〇既に進行が進んでいる方には「残念ながら…」と言う状況です。  現在発症していないけど、発症する可能性がある方が対象になりますが、 それでも今すぐ使えるものではありません。 ◎但し、もし「アデュカヌマブ」に有用性が認められれば、壊れた神経細胞はよみがえらすことは出来なくても、人間は新しいことにチャレンジすることで、壊れた神経細胞の数ほどではなくても、新たな神経細胞が発生することがわかっています。つまり前向きの人生を送るなら、「アデュカヌマブ」の助けを借りて、かなりの生活維持が出来る可能性はあります。 いずれにしても、マスコミは大々的に取り上げ、製薬会社の株が一気に上がる状況ですが、 私たちが眼前としている方々には「残念ながら間に合わない」のが事実です。 また有効性が確約されても、庶民が使える薬になるか、 そして投与判断はどうなるのかなど課題は山積かなと思います。 以下、NHKニュースに出られた先生のコメントを抜粋しておきます。 東京大学岩坪威教授 今後、患者や医療現場に与える影響については、「今回の薬は、認知症を発症したばかりの状態からその後の進行のスピードを抑えるもので中等症や重症になるまでの時間を延ばすことでより生活を高いレベルで維持することができると期待される。症状が軽い段階がなるべく長く続けば介護の負担が少なく、本人も自分らしい生活が送れるようになるメリットは非常に大きいと思う。一方、薬を使えるかどうかを診断するためには脳にアミロイドβがたまりアルツハイマー病の初期段階ということを調べる特殊な装置が必要となる。さらに脳に局所的なむくみが出るなどの副作用への対応も必要で、専門医や専門施設を準備することが求められるのではないか」と指摘しました。 また、薬価が高額になるという指摘については、「バイオジェン社の予測する価格では、月に1回の投与に50万円以上と薬代が相当高い。これをどうやって負担するのかは世界各国どこでも大きな問題になると思う。」 国立精神・神経医療研究センターの中村治雅臨床研究支援部長 「今回の薬は、症状の緩和を目指したこれまでの薬とは異なり、原因に迫り、治せるかもしれないという期待もあり、患者や家族、介護者、それに医療者にとっては希望となる。しかし今回、完全には有効性が分かっていない中で迅速承認となっていて、FDAは今後も大規模な治験を行うことを求めている。手放しでは喜べず、本当に有効な薬なのかどうか、そしてどのような患者さんに対して使うべきなのかといった点に今後も注意を払うべきだ」と指摘しています。 「ここからは、ニューズウィーク誌より」 アルツハイマー病の患者やその家族を代表する複数の組織は、新たな治療法はどのようなものであれ(たとえ治療効果がわずかでも)承認されるべきだと言っている。だが多くの専門家は、今回の新薬承認は危険な前例をつくり、効果が疑わしい治療にも扉を開くことにつながりかねないと警告している。
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2021.06.08

トピックス
地域で見守ることの岐路に立つ センター長の石川です 今日は大阪教育大付属池田小学校(市立池田小学校とは違います)での事件から20年の日ですね。 付属池田小学校の児童たちは、今朝、献花を持ちながら登校していました。 いつもより、街角に立つ誘導員の人の姿も多かったように思います。 思えば、私が子どもの頃は、外で遊び走り回るのが当たり前の時代。 池ではザリガニを採り、竹藪では地主に追いかけられ、 道端でもチョークで描いた模様の中で体を動かすゲームをして遊んだものです。 見知らぬおじさんは、いるにはいたけど、危険意識は全くない時代でした。 まして学校は、地域住民にとっても自由に行き来できる場所でした。 しかし今は危険が一杯。 危険な人が増えましたし、車も多くなりました。自転車も走り回っています。 自由に遊べた野山はなくなり、登下校中に襲われる、車や自転車が突っ込んでくるなど、 危険が一杯の都会になってしまいましたね。 何よりも、地域で見守る必要性が強く言われながら(特に認知症の方など)、 今はその地域の見守り体制自体が脆弱化していると言えます。 ましてコロナ禍。 「安心・安全」と「自由」 どちらも守れない世の中なのかもしれません。 まるで念仏のように「安心・安全」だけを唱えている指導者の下では尚更…
ブログ投稿画像 センター長の石川です。 今週は、英田南、北両地区でお話しさせていただきました。 認知症の新薬「アデュカヌマブ」の説明と、ネットの基礎知識について。 ワクチン接種では、高齢者に対してもネット予約を強いられたり、 このような地域の会合も、リモートで行いなさい的な話も出ています。 [caption id="attachment_2829" align="alignnone" width="1024"] Modern Multiethnic business team having discussion and online meeting in video call[/caption] しかし実際には、スマホは何とか使えるけど、或いはガラケーのままと言う方が殆どで、 ワクチンのネット予約など、高度の技術になってしまいます。 ほんとに世の中の流れに、高齢者でも必死について行かなければならない時代ですね。 そこで今回はごく初歩的なネットのお話をさせていただきました。 そして最後に、本当に久しぶりに、「梅干し体操」を実施しました。 皆さん、しっかりと覚えてられましたね。 「アーバンの中で、たくさんの人と一緒にやったよね~」という声 そうです。 いつか再び、アーバンケアにみんなが集まって、楽しく「梅干し体操」が出来るように! そんな願いを込めた体操でした。 しっかり、身体は動かしましょう!
ブログ投稿画像 センター長の石川です。 今朝の朝日新聞に、厳しい状況の記事が載っていました。 8年連続で、認知症で行方不明になった方が増えているというものです。 残念ながら、遺体で見つかった方も過去最多になったとか。 都道府県別では、何故か毎年大阪がトップになっているのです。 やはり記事にもあるように、地域での見守り力が大切になります。 しかしそれがコロナ禍においては厳しくなっている現状があります。 それでも、 マスクをしていない、表情が険しい、きょろきょろしているなどの行動の方を見られたら、 警察に連絡しにくければ、最寄りの地域包括支援センターに連絡を頂ければと思います。 GPSについては、確かにとても役に立つものだと思います。 介護者にもよくお勧めするのですが、 問題は、いかに本人に持ってもらうかなというところです。 これをやはり皆さん四苦八苦されるのです。 普段から本人が必ず身につけるものに組み込めればいいのですが それも簡単ではありません。 大阪が行方不明者トップなのは、それだけ大阪が開放的であるとも考えられます。 その分、地域の見守り体制も、行政を含めた形でもっと充実させていかなければなりませんね。
ブログ投稿画像 センター長の石川です。 難しい対人援助の話ではありません。 相手が今どんなことを思ってるのだろうと考えることを 楽しく身につけていく練習をやって欲しいのです。 愛犬や愛猫などペットを飼われている方は、 そのペットと会話できる人もいるかもしれませんが、 その領域を広げて様々なもの(生命体でなくてもよい)と会話をしてみることです。 例えば、この写真 「なんておいしい蜜なんでしょ!これで私もっと美蝶々になれるわ!」 と言うように、この蝶になった気持ちで考えてみます。 「なんや、なんか文句あるんか!噛んだろか」 みたいに虫の気持ちをわかるかも。 「はぁ、やっとの思いで山崎城を占拠したと思ったら、秀吉に先を越されたやんか」 カタツムリなりに一生懸命なのですが、時代には取り残されてしまいます。 皆さんも、色々な考え方が出来るかもしれませんね。 動植物でない、生命体でなくても会話は出来ます。 「あれだけ人のお尻を支えてきたのになぁ~ 用済みになってポイ!か… 寂しいなぁ~」 このように考えると、もっと「モノ」も大切に考えるかもしれませんね。 不注意で壁に穴をあけてしまったとします。 「痛!何すんねん!もっと注意してやらんかい!この傷口、元には戻れへんねんぞ!」 みたいに壁は思っているかもしれません。 物が生きているとしたら、粗末に扱えますかね? 私が壁だったら、怒りますよ(笑)
ブログ投稿画像 私たちが何かを見るプロセスには「知覚」と「認知」の二つがあります。 (「認知」は認知機能のことで、認知症そのものをいうものではありません。但し、この認知機能の低下が認知症となるのですが。) この「知覚」と「認知」。 つまり私たちは目や耳や鼻で或いは触った感覚、味わった感覚で情報を脳に送ります。 しかし私たちは、純粋に眼から入る光を見ているのではなく、心のフィルターを通して判断しているのです。 (これを美しいと捉えるか、汚いと捉えるか、或いは…) 誰もが同じものを見ているのに、心のフィルターが違った判断を示します。 例えば目の前に怒っているAさんがいます。 そしてそのAさんの前にB職員とC職員がいます。 BもCも同じ怒っているAさんを見ています。見ているものは同じですね。 しかし、B職員はAさんを見て「困ったな、また怒ってるどうしよう?」と思っています。 一方C職員は、「一体何に怒ってるのかな?何かに困ってるのかな?」と思っています。 同じAさんを見てるのに感じ方は違います。 これが心のフィルターです。 散らかった机の上を見て、「整理のできない人だ」と見るか 「仕事が大変なんだな」と見るか 或いは「仕事大変なんだな。もう少し整理すればより仕事がはかどるのに」と思う人もいるかもしれません。 上司からの指示文面に、「なるほど」と思う人、「指示順守」と思う人、 「現場の大変さもわかってないくせに」と思う人もいるかもしれません。 捉え方がみんな違うのは、それぞれの個性もあるでしょうが、 心のフィルターが多分に働いているのです。 上記のB職員は、自分の困りごととして捉えていますが。 C職員はAさんの困りごとを考えようとしています。 このように「どこを見るか」によっても判断が変わってくるのです。 B職員の考えに同様な職員が多ければ、 Aさんは「困った認知症の人」というレッテルが貼られてしまうでしょう。 上司からの指示文面も、すぐに納得するのではなく、 つまり自分が納得すればいいのではなく、 他の人たちにも分かってもらえるかなと言う思いも必要ですし、 納得できない人は、何故納得できないのかを言わないと、単なるダークな人間になってしまいます。 要は、一度まなざしをリセットし、視点の置き場所を変えてみることです。 (同じ水が入ったコップを見ていても、もう半分しかないと思う人と、半分もあると思う人がいます)   コロナウイルスでは、ワクチンもマスクも危ないと言う人もいます。 これはコロナウイルスが見えないだけに不安を増長させてしまうからかもしれません。 しかし、もしコロナウイルスが「見える」ならば、判断は違ったものになるかもしれないのです。
ブログ投稿画像 センター長の石川です。 グーグルにタイムラインと言う機能があり、 毎月の訪問先を振り返られるようになっています。 それを見ると私の行動範囲がわかるのですが、 仕事で東大阪に来ている以外、見事に4月5月ともに北摂から出ることはありませんでした。 アウトドアや遠征が大好きなのに、大阪市内にも一歩も入らず、 北摂でじっと我慢していたことになります。 星空撮影に最適な奈良の山奥(鹿しかいない)に行くのも我慢してました。 行先で挙げられていたのも、池田市文化会館(ワクチン接種のため)と、 箕面のお酒のディスカウント店だけでした。 さて、そんな北摂でも、能勢に行くと、ここは大阪なのか?と思うほどめっちゃ田舎になります。 そして、乱舞まではいかない、蛍街まではいかないけれど、 蛍村ほどのホタルたちには出会うことが出来ました。 「大阪でも」こんなに蛍がいるところがあるんやと思うと、なんか凄いなと思いますね。 星空撮影に行けない分、蛍の光撮影を楽しませてもらいました。 残念ながら大阪は田舎であっても、奈良のような鹿しかいないほどの山奥ではないので、 蛍は撮影出来ても星空は撮影できません。 しかし、田舎はいいですね。蛍はいても、人はいない。(休日前や休日は人が多いかも) でも鹿や蛇には気を付けないと。 何かと制限の多い時期ですが、少し工夫して田舎の風景を見に行くのも いいかもしれません。
ブログ投稿画像 センター長の石川です。 ニュースで大きく取り上げられていたアルツハイマー病の治療薬「アデュカヌマブ」 まるで特効薬が出来たかのような騒ぎになっていますが、 はたして認知症で苦しむ人の救世主になるのでしょうか? まずマスコミは「治療薬」と言う言葉を使いますが、 「治療」はいわゆる健康な状態に戻すということになります。 しかし「アデュカヌマブ」はあくまでも完治するための薬ではなく、 病気の進行を止めるための薬です。 ご承知の通り、脳にアミロイドβという異常なたんぱく質が溜まり、 これが神経細胞を破壊し、アルツハイマー病に至るのですが、 そのアミロイドβを除去していく働きをするのが「アデュカヌマブ」なのです。 ここでわかりやすくまとめてみます。 〇「アデュカヌマブ」はあくまでも認知症を治す(認知症がない状態に戻す)ものではない 〇何故ならば、一度破壊された神経を元に戻すことが出来ないからです。 〇但し、早期から「アデュカヌマブ」が使えれば、ダメージをかなり少なくできます。 〇また、アミロイドβを以降溜め込まないので、神経細胞の破壊が予防できます。 〇つまり、「アデュカヌマブ」は治療薬と言うより、進行を抑制する薬と言えます。 〇ところが現状ではめっちゃ高価(月1回投与で50万?)で、庶民には手が出せません。 〇保険適用になるかは、現状では厳しそうです。 〇点滴による投与になります。 〇治験結果は見切り発車的で、効果がないと判断される場合もあります。 〇投与が必要な方や、いつ頃からかという判断がかなり難しいです。 〇既に進行が進んでいる方には「残念ながら…」と言う状況です。  現在発症していないけど、発症する可能性がある方が対象になりますが、 それでも今すぐ使えるものではありません。 ◎但し、もし「アデュカヌマブ」に有用性が認められれば、壊れた神経細胞はよみがえらすことは出来なくても、人間は新しいことにチャレンジすることで、壊れた神経細胞の数ほどではなくても、新たな神経細胞が発生することがわかっています。つまり前向きの人生を送るなら、「アデュカヌマブ」の助けを借りて、かなりの生活維持が出来る可能性はあります。 いずれにしても、マスコミは大々的に取り上げ、製薬会社の株が一気に上がる状況ですが、 私たちが眼前としている方々には「残念ながら間に合わない」のが事実です。 また有効性が確約されても、庶民が使える薬になるか、 そして投与判断はどうなるのかなど課題は山積かなと思います。 以下、NHKニュースに出られた先生のコメントを抜粋しておきます。 東京大学岩坪威教授 今後、患者や医療現場に与える影響については、「今回の薬は、認知症を発症したばかりの状態からその後の進行のスピードを抑えるもので中等症や重症になるまでの時間を延ばすことでより生活を高いレベルで維持することができると期待される。症状が軽い段階がなるべく長く続けば介護の負担が少なく、本人も自分らしい生活が送れるようになるメリットは非常に大きいと思う。一方、薬を使えるかどうかを診断するためには脳にアミロイドβがたまりアルツハイマー病の初期段階ということを調べる特殊な装置が必要となる。さらに脳に局所的なむくみが出るなどの副作用への対応も必要で、専門医や専門施設を準備することが求められるのではないか」と指摘しました。 また、薬価が高額になるという指摘については、「バイオジェン社の予測する価格では、月に1回の投与に50万円以上と薬代が相当高い。これをどうやって負担するのかは世界各国どこでも大きな問題になると思う。」 国立精神・神経医療研究センターの中村治雅臨床研究支援部長 「今回の薬は、症状の緩和を目指したこれまでの薬とは異なり、原因に迫り、治せるかもしれないという期待もあり、患者や家族、介護者、それに医療者にとっては希望となる。しかし今回、完全には有効性が分かっていない中で迅速承認となっていて、FDAは今後も大規模な治験を行うことを求めている。手放しでは喜べず、本当に有効な薬なのかどうか、そしてどのような患者さんに対して使うべきなのかといった点に今後も注意を払うべきだ」と指摘しています。 「ここからは、ニューズウィーク誌より」 アルツハイマー病の患者やその家族を代表する複数の組織は、新たな治療法はどのようなものであれ(たとえ治療効果がわずかでも)承認されるべきだと言っている。だが多くの専門家は、今回の新薬承認は危険な前例をつくり、効果が疑わしい治療にも扉を開くことにつながりかねないと警告している。
ブログ投稿画像 センター長の石川です 今日は大阪教育大付属池田小学校(市立池田小学校とは違います)での事件から20年の日ですね。 付属池田小学校の児童たちは、今朝、献花を持ちながら登校していました。 いつもより、街角に立つ誘導員の人の姿も多かったように思います。 思えば、私が子どもの頃は、外で遊び走り回るのが当たり前の時代。 池ではザリガニを採り、竹藪では地主に追いかけられ、 道端でもチョークで描いた模様の中で体を動かすゲームをして遊んだものです。 見知らぬおじさんは、いるにはいたけど、危険意識は全くない時代でした。 まして学校は、地域住民にとっても自由に行き来できる場所でした。 しかし今は危険が一杯。 危険な人が増えましたし、車も多くなりました。自転車も走り回っています。 自由に遊べた野山はなくなり、登下校中に襲われる、車や自転車が突っ込んでくるなど、 危険が一杯の都会になってしまいましたね。 何よりも、地域で見守る必要性が強く言われながら(特に認知症の方など)、 今はその地域の見守り体制自体が脆弱化していると言えます。 ましてコロナ禍。 「安心・安全」と「自由」 どちらも守れない世の中なのかもしれません。 まるで念仏のように「安心・安全」だけを唱えている指導者の下では尚更…