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「認知症の教室(一般市民用)」で記事を検索しました。

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2020.02.28

認知症の教室(一般市民用)
コロナウィルスが襲ってきても センター長の石川です コロナウィルスが襲って来ようが介護家族の大変さは待ったなしですね。 認知症の当人にとっては、むしろ不安、混乱を引き起こすことが増える、つまり介護家族の負担も増えるということになります。 マスクをしてほしいと言っても当然わからないし、つけても外してしまう。 手を洗ってほしいと言っても洗えない。 うがいとなるとさらに難しくなります。 不要不急の外出はするなと言われても、勝手に出ていくし、病院に行かなければお薬が切れるということもあると思います。 まさしく、認知症の人にとっても、介護家族にとっても不安と混乱を増幅させている現状と言えるかもしれません。 とりあえず、衛生面については、何もできないと思うよりは、少しでもやってみることで随分違ってくると思います。 例えば、手洗いは流水に手を当てるだけでも(できたら手をこする)随分違うでしょう。 うがいはできないで当たり前。むしろ一般的にもうがいが届くのはのどの手前くらいなので、お茶お水をこまめに飲むこです。のどについたウィルスを洗い流す方が良いとされています。強力な胃液がウィルスをやっつけてくれます。機会あるごとに、こまめに水分摂取を進めてください。 マスクは自分もつけるところを見せながら、一緒につける。でもすぐに取ってしまうかもしれませんが、そこは根気よく続けてみます。しかしそもそもがマスクがないというのが最大の問題ですね。 外へ出ていってしまうことに関しては、積極的に前もって一緒に散歩に出ることです。 どうしても今は籠る、押さえる方向に行ってしまいますが、人が多いところではない公園などへの散歩を先に行うこともいいかもしれません。 もっとも、それが可能かどうかという家族の状況にもよりますし、認知症の人本人の理解度によっても違ってくるでしょう。 ただ、世の中の状況で、介護者が不安の表情を募らせると、認知症の人本人も不安を大きくさせます。 できるだけ「なんとかなるさ、ケセラセラ」くらいの笑顔を「作り」でもいいから見せてあげてください。 こんな時だからこそ、気持ちをポジティブに。 https://www.youtube.com/watch?v=oVGgJXjjhFc ご家族様のストレスが溜まった場合は、愚痴の発散でもいいのでご連絡ください。
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2019.12.27

認知症の教室(一般市民用)
認知症予防の確立性 センター長の石川です。 最近特に注目されている認知症予防ですが、 ロンドン大学のクラウディア・クーパー教授によると、 確実に予防できるとわかっているものがあるそうです。 高血圧、肥満、糖尿病などのいわゆる生活習慣病、喫煙や運動不足、社会的孤立など、これらが認知症になる原因の35%と言われています。 つまり、これらのことにならないようにすることで、 認知症にならない確率が35%になるということです。 では残りの65%はというと、 確実に予防になる根拠が示されたものは、まだ、ないということです。 まずは確実な35%を増やすためには、生活習慣病に気を付け、喫煙せず、適度に運動して孤立をなくすということになります。 では残りの65%をどうすればいいのか? それは、来年のお楽しみということで。 さて、先日撮影した太陽の塔イルミナイトの風景です。 この季節、やはりイルミネーションが似合います。 夏が花火なら、冬はイルミネーション そういえば、最近は「家ナリエ」少なくなりましたね。 もう見栄張る君はブームが去ったのかな? ちなみに私の耳は耳鳴りで「ミミナリエ」状態ですが(苦笑)
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2019.09.10

認知症の教室(一般市民用)
認知症の人の頭の中はゴミで一杯なのか? センター長の石川です。 チームオレンジの説明会があった時のことです。 ある地域の方より、全国キャラバンメイト連絡協議会が発行した「つなぎのための情報整理・認知症の理解」という冊子の中の「ゴミのたまる認知症」という表現が、いかがなものかという意見がありました。 冊子7ページより 認知症の当事者の方が読み、「私たちの頭の中はゴミだらけなのか」と不快に思ったとのことでした。 最近では、認知症発症の要因として、たんぱく質のごみが脳に溜まって、そのたまったものが神経細胞を死滅させてしまうということがわかっており、諸先生方も講義でもよく使われています。 ある意味一般的に使われだしたとも言えます。それゆえ、この冊子にもごく普通に載っていたのでしょう。 しかし、「ゴミ」は汚いもの、不要なものという認識が私たちにはあります。 いくらたんぱく質のごみと説明されても、「私の頭の中は汚いゴミだらけなのか!?」と思ってしまい、不快な思いをされるのは当然のことだと思います。 特にこの冊子では、ゴミが強調され過ぎているとも言えます。 神経を死滅させる物質が蓄積されるなどの表現の方がいいかもしれません。 いつも何気なく使っている表現が、実はとても相手を傷つけているということあるかもしれませんね。 他人ごとではなく、自戒を込めて。
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2019.05.16

認知症の教室(一般市民用)
記 憶 槇原敬之の歌に「記憶」という歌があります。 歌自体は、母を想う気持ちで作られたようですが、 認知症の人へのやさしい心づかいの歌詞ともとれるのです。 大丈夫だよと 微笑んであげたいとき 思い出せる特別な場面がある   何かの拍子に思い出す 言葉を超えた思いの記憶 もしも思い出せないなら 僕がやさしく伝えよう 何かの拍子に思い出す 言葉を超えた想いの記憶 記憶の軌跡は消すことはできないと、思います。 以前の認知症の教室で、ジグゾーパズルのピースが一つひとつの記憶ならば、その記憶がばらばらになってしまうけど、断片的にその記憶が思い出される時があると書きました。 何かの拍子に思い出す記憶 記憶は決して消し去られたのではなく、裏返しになっても小さくなってもきっとどこかに存在するのでしょう。でもそれを、表現する能力自体が失われてしまっているのです。 言葉にはできなくなっているのです。 バラバラになってしまっても、きっとどこかにその記憶はある だからこそ、大丈夫だよと、微笑んでそばにいてあげること そして、手を握りやさしく伝えてあげること。 言葉にできなくても、ふと思い浮かぶ記憶に、 人生を生きてきた証を感じられる瞬間がある、と言えるかもしれません。
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2019.04.22

認知症の教室(一般市民用)
「ひとりの人としてリスペクトすること」 Aさんは現在、デイサービスとショートステイを利用されています。 1年前までは、まだカラオケも唄えていたのですが、今は逆にその音が本人の混乱へと繋がるなど、生活全般において不安定な状態になられています。 詳細は個人情報なので割愛しますが、ここで私自身、改めて勉強させてもらったことがあります。 ある方のサービス担当者会議における、Aさんの妻、Bさんの、しっかりとした考え方でした。 最近は特に体調がすぐれず、ショートステイをお願いすることが多くなったBさんですが、Aさんのことを「認知症状が大変で困った人」という捉え方ではなく、「ひとりの価値ある人」として常に接することに心掛けているとのことでした。 もちろん腹が立つことも、泣きたいくらい辛いこともあったでしょう。 しかし出来ないことに目を奪われず、Aさんの好きなことや、これまでの人生の中で頑張ってこられたことなどに敬意を表すこと。(一人の人としてリスペクトすること) つまり「Aさんは認知症だけど、人としてのプライドと尊厳を守っていく接し方をすること」という事を、しっかりと意識して接しておられるということが伝わってきたのです。 私たちケア実践者がベースに置かなければならない考え方を、Bさんは確実に実践されていたのでした。 私たちも謙虚に介護家族から学ぶことは必要ですし、ケア専門職として、その専門性を活かして介護者を支えることも必要でしょう。
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2019.03.16

認知症の教室(一般市民用)
「エビフライなんか食べに行くな!」 センター長の石川です。 あれれ?先日「エビフライを食べに行こう!」ってブログに書いていたのに、 今度は「エビフライなんか食べに行くな!」って、どういうこと? ですね。 例えばご夫婦の場合、夫の認知症が進行しているとします。 ケアをする妻はたまには息抜きをしたいと思います。 そのため、夫をショートステイで預け、心身の休養で美味しいエビフライを食べに、息抜き旅行に行きたいと思っていたのです。 ところが、これが認知症の本人の立場からすると、 頼るべき妻がどこかへ行き、自分がホームに泊まらなければならないことに納得がいかないのです。 わからない不安が一杯!誰かそばにいて!   生活上の多くのことが不確かになり、一杯の不安を抱える中で、妻だけが頼りなのに、その妻がどこかへ遊びに行くから老人ホームへ泊れと言われても、「エビフライなんか食べに行くな!俺のそばにいろ!」ということになってしまいます。 当然のことながら、認知症の人本人の思いにもしっかりと目を向けていかなければなりません。   でもこれでは、妻は心身の癒しの時間が得られないですよね。     そのためには、夫にはいきなり老人ホームではなく、デイサービスなどの活用で少しずつ行く場所の雰囲気に慣れ親しむ、職員となじみの関係づくりを行っていくなどの下地作りが必要となります。 日頃から場所やスタッフに慣れ親しんでおきましょう 認知症の人本人が安心できる体制づくりを行っておかないと、ショートステイを使ったために、かえって不安と混乱を増して、家族の負担が増えたなんてことになったら本末転倒になります。 つまり、ケアマネジャーやケアスタッフの実践力も、介護者が「エビフライを食べに行くため」の重要な要素になるのです。 さて、先日紹介した鳥羽市の丸栄さん お刺身とセットになったエビフライ定食や海鮮丼も人気のようですよ。 エビフライ+お刺身 エビフライは3匹になります。 海鮮丼 季節によって中身は変わるとか
ブログ投稿画像 センター長の石川です コロナウィルスが襲って来ようが介護家族の大変さは待ったなしですね。 認知症の当人にとっては、むしろ不安、混乱を引き起こすことが増える、つまり介護家族の負担も増えるということになります。 マスクをしてほしいと言っても当然わからないし、つけても外してしまう。 手を洗ってほしいと言っても洗えない。 うがいとなるとさらに難しくなります。 不要不急の外出はするなと言われても、勝手に出ていくし、病院に行かなければお薬が切れるということもあると思います。 まさしく、認知症の人にとっても、介護家族にとっても不安と混乱を増幅させている現状と言えるかもしれません。 とりあえず、衛生面については、何もできないと思うよりは、少しでもやってみることで随分違ってくると思います。 例えば、手洗いは流水に手を当てるだけでも(できたら手をこする)随分違うでしょう。 うがいはできないで当たり前。むしろ一般的にもうがいが届くのはのどの手前くらいなので、お茶お水をこまめに飲むこです。のどについたウィルスを洗い流す方が良いとされています。強力な胃液がウィルスをやっつけてくれます。機会あるごとに、こまめに水分摂取を進めてください。 マスクは自分もつけるところを見せながら、一緒につける。でもすぐに取ってしまうかもしれませんが、そこは根気よく続けてみます。しかしそもそもがマスクがないというのが最大の問題ですね。 外へ出ていってしまうことに関しては、積極的に前もって一緒に散歩に出ることです。 どうしても今は籠る、押さえる方向に行ってしまいますが、人が多いところではない公園などへの散歩を先に行うこともいいかもしれません。 もっとも、それが可能かどうかという家族の状況にもよりますし、認知症の人本人の理解度によっても違ってくるでしょう。 ただ、世の中の状況で、介護者が不安の表情を募らせると、認知症の人本人も不安を大きくさせます。 できるだけ「なんとかなるさ、ケセラセラ」くらいの笑顔を「作り」でもいいから見せてあげてください。 こんな時だからこそ、気持ちをポジティブに。 https://www.youtube.com/watch?v=oVGgJXjjhFc ご家族様のストレスが溜まった場合は、愚痴の発散でもいいのでご連絡ください。
ブログ投稿画像 センター長の石川です。 最近特に注目されている認知症予防ですが、 ロンドン大学のクラウディア・クーパー教授によると、 確実に予防できるとわかっているものがあるそうです。 高血圧、肥満、糖尿病などのいわゆる生活習慣病、喫煙や運動不足、社会的孤立など、これらが認知症になる原因の35%と言われています。 つまり、これらのことにならないようにすることで、 認知症にならない確率が35%になるということです。 では残りの65%はというと、 確実に予防になる根拠が示されたものは、まだ、ないということです。 まずは確実な35%を増やすためには、生活習慣病に気を付け、喫煙せず、適度に運動して孤立をなくすということになります。 では残りの65%をどうすればいいのか? それは、来年のお楽しみということで。 さて、先日撮影した太陽の塔イルミナイトの風景です。 この季節、やはりイルミネーションが似合います。 夏が花火なら、冬はイルミネーション そういえば、最近は「家ナリエ」少なくなりましたね。 もう見栄張る君はブームが去ったのかな? ちなみに私の耳は耳鳴りで「ミミナリエ」状態ですが(苦笑)
ブログ投稿画像 センター長の石川です。 10月19日、アーバンケア島之内地域包括支援センター主催の「家族介護者教室」が開催されました。 今回のテーマは認知症。当初は講義をということだったのですが、 お茶とお菓子を用意してもらって、最初から来られた皆様と話しあう時間を持ちました。 [caption id="attachment_1105" align="aligncenter" width="650"] 介護が大変な人、自分が認知症になるのではないかと心配な人、様々な立場から来られていました。[/caption] 1時間というとても短い時間の中で、それぞれ皆様の思いが一杯あるなか、 話したくても話せなかったことが多々あったのではないかと思います。 それでも認知症の人を抱えるしんどさを、少しは吐き出せたでしょうか。 何度か話し合うことを重ねるうちに、お互いの思いの共有や情報交換ができるようになるでしょう。 [caption id="attachment_1106" align="aligncenter" width="650"] それぞれなりにストレス発散法を持っておられるようです。[/caption] 私がしゃべるより、皆様の経験の話の方がずっと重みがあります。 語り合うことは大切ですね。 そして少しばかし皆様のフォローをできればと思います。 参加された皆様、ありがとうございました。
ブログ投稿画像 センター長の石川です。 チームオレンジの説明会があった時のことです。 ある地域の方より、全国キャラバンメイト連絡協議会が発行した「つなぎのための情報整理・認知症の理解」という冊子の中の「ゴミのたまる認知症」という表現が、いかがなものかという意見がありました。 [caption id="attachment_991" align="aligncenter" width="650"] 冊子7ページより[/caption] 認知症の当事者の方が読み、「私たちの頭の中はゴミだらけなのか」と不快に思ったとのことでした。 最近では、認知症発症の要因として、たんぱく質のごみが脳に溜まって、そのたまったものが神経細胞を死滅させてしまうということがわかっており、諸先生方も講義でもよく使われています。 ある意味一般的に使われだしたとも言えます。それゆえ、この冊子にもごく普通に載っていたのでしょう。 しかし、「ゴミ」は汚いもの、不要なものという認識が私たちにはあります。 いくらたんぱく質のごみと説明されても、「私の頭の中は汚いゴミだらけなのか!?」と思ってしまい、不快な思いをされるのは当然のことだと思います。 特にこの冊子では、ゴミが強調され過ぎているとも言えます。 神経を死滅させる物質が蓄積されるなどの表現の方がいいかもしれません。 いつも何気なく使っている表現が、実はとても相手を傷つけているということあるかもしれませんね。 他人ごとではなく、自戒を込めて。
ブログ投稿画像 槇原敬之の歌に「記憶」という歌があります。 歌自体は、母を想う気持ちで作られたようですが、 認知症の人へのやさしい心づかいの歌詞ともとれるのです。 大丈夫だよと 微笑んであげたいとき 思い出せる特別な場面がある   何かの拍子に思い出す 言葉を超えた思いの記憶 もしも思い出せないなら 僕がやさしく伝えよう 何かの拍子に思い出す 言葉を超えた想いの記憶 [caption id="attachment_721" align="aligncenter" width="650"] 記憶の軌跡は消すことはできないと、思います。[/caption] 以前の認知症の教室で、ジグゾーパズルのピースが一つひとつの記憶ならば、その記憶がばらばらになってしまうけど、断片的にその記憶が思い出される時があると書きました。 何かの拍子に思い出す記憶 記憶は決して消し去られたのではなく、裏返しになっても小さくなってもきっとどこかに存在するのでしょう。でもそれを、表現する能力自体が失われてしまっているのです。 言葉にはできなくなっているのです。 [caption id="attachment_720" align="aligncenter" width="650"] バラバラになってしまっても、きっとどこかにその記憶はある[/caption] だからこそ、大丈夫だよと、微笑んでそばにいてあげること そして、手を握りやさしく伝えてあげること。 言葉にできなくても、ふと思い浮かぶ記憶に、 人生を生きてきた証を感じられる瞬間がある、と言えるかもしれません。
ブログ投稿画像 Aさんは現在、デイサービスとショートステイを利用されています。 1年前までは、まだカラオケも唄えていたのですが、今は逆にその音が本人の混乱へと繋がるなど、生活全般において不安定な状態になられています。 詳細は個人情報なので割愛しますが、ここで私自身、改めて勉強させてもらったことがあります。 ある方のサービス担当者会議における、Aさんの妻、Bさんの、しっかりとした考え方でした。 最近は特に体調がすぐれず、ショートステイをお願いすることが多くなったBさんですが、Aさんのことを「認知症状が大変で困った人」という捉え方ではなく、「ひとりの価値ある人」として常に接することに心掛けているとのことでした。 もちろん腹が立つことも、泣きたいくらい辛いこともあったでしょう。 しかし出来ないことに目を奪われず、Aさんの好きなことや、これまでの人生の中で頑張ってこられたことなどに敬意を表すこと。(一人の人としてリスペクトすること) つまり「Aさんは認知症だけど、人としてのプライドと尊厳を守っていく接し方をすること」という事を、しっかりと意識して接しておられるということが伝わってきたのです。 私たちケア実践者がベースに置かなければならない考え方を、Bさんは確実に実践されていたのでした。 私たちも謙虚に介護家族から学ぶことは必要ですし、ケア専門職として、その専門性を活かして介護者を支えることも必要でしょう。
ブログ投稿画像 センター長の石川です。 あれれ?先日「エビフライを食べに行こう!」ってブログに書いていたのに、 今度は「エビフライなんか食べに行くな!」って、どういうこと? ですね。 例えばご夫婦の場合、夫の認知症が進行しているとします。 ケアをする妻はたまには息抜きをしたいと思います。 そのため、夫をショートステイで預け、心身の休養で美味しいエビフライを食べに、息抜き旅行に行きたいと思っていたのです。 ところが、これが認知症の本人の立場からすると、 頼るべき妻がどこかへ行き、自分がホームに泊まらなければならないことに納得がいかないのです。 [caption id="attachment_521" align="alignleft" width="464"] わからない不安が一杯!誰かそばにいて![/caption]   生活上の多くのことが不確かになり、一杯の不安を抱える中で、妻だけが頼りなのに、その妻がどこかへ遊びに行くから老人ホームへ泊れと言われても、「エビフライなんか食べに行くな!俺のそばにいろ!」ということになってしまいます。 当然のことながら、認知症の人本人の思いにもしっかりと目を向けていかなければなりません。   でもこれでは、妻は心身の癒しの時間が得られないですよね。     そのためには、夫にはいきなり老人ホームではなく、デイサービスなどの活用で少しずつ行く場所の雰囲気に慣れ親しむ、職員となじみの関係づくりを行っていくなどの下地作りが必要となります。 [caption id="attachment_524" align="aligncenter" width="650"] 日頃から場所やスタッフに慣れ親しんでおきましょう[/caption] 認知症の人本人が安心できる体制づくりを行っておかないと、ショートステイを使ったために、かえって不安と混乱を増して、家族の負担が増えたなんてことになったら本末転倒になります。 つまり、ケアマネジャーやケアスタッフの実践力も、介護者が「エビフライを食べに行くため」の重要な要素になるのです。 さて、先日紹介した鳥羽市の丸栄さん お刺身とセットになったエビフライ定食や海鮮丼も人気のようですよ。 [caption id="attachment_523" align="aligncenter" width="480"] エビフライ+お刺身 エビフライは3匹になります。[/caption] [caption id="attachment_522" align="aligncenter" width="480"] 海鮮丼 季節によって中身は変わるとか[/caption]