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「認知症の教室(一般市民用)」で記事を検索しました。

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2023.03.30

認知症の教室(一般市民用)
阪南市のキャラバンメイト総会に行ってきました センター長の石川です。 先日、阪南市のキャラバンメイト総会に、 東大阪市の実情紹介で行ってきました。 阪南市と東大阪市では人口規模が違いすぎるのですが、 サポーター講座を地域包括が主体として行っている東大阪市と ボランティアグループが中心で行っている阪南市との違いがあります。 安心声掛け訓練も説明させていただき、 その活動力の凄さに、驚かれていたようです。 ボランティアグループメンバーの高齢化も阪南市では課題になっているようです。 阪南市のマスコット はなてぃ   ただ、東大阪市の場合、キャラバンメイトさんグループによる サポーター講座は皆無であり、 このようなボランティアグループの育成をバックアップするシステムが 東大阪市の課題ではないかと思います。 ただ単に先進的な状況を阪南市に説明するだけではなく、 阪南市にはあり東大阪市にないものを、真摯に受け止めなければならないとも思います。 なんでも包括へ持ってくる さらに加算方式というニンジンを前にぶら下げる現状では 実践があっても、それ以上の広がりはないとも言えます。 地域に根ざす 地域の灯台になる それは加算以外の日常の働きの中で築かれていくものでしょう。    
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2023.03.28

認知症の教室(一般市民用)
脳科学者恩蔵絢子先生の講演に行ってきました 「なぜ、認知症の人は家に帰りたがるのか」の著者である 脳科学者恩蔵絢子先生の講演に、神戸三宮まで行ってきました。 私と恩蔵先生との出会いは本屋でした。 なんとなくぶらぶら見ていた時に目に止まったのが 「脳科学者の母が認知症になる」という本でした。 とかく感覚的に理解しようという認知症ケアの現場において、 脳科学的に認知症の人の行動すべてに根拠があるのだということが 伝えられるのではないかと。 この時から興味を持ち、折しも東京の中央法規出版社の知人から、 介護現場向けの「なぜ、認知症の人は家に帰りたがるのか」を出版するとの連絡を受け、 以降なんとか恩蔵先生の話を聞きたいと思っていたのでした。 そして今回の講演です。 恩蔵先生の講演は、めっちゃ情熱的なお話でした。 東は名古屋、西は岡山、東大阪からもキャラバンメイトさんが聞きに来てくれました。 脳科学者というと難しい話に思えますが、 一人の介護者、娘としての視点、そして科学者としての視点と、両方織り交ぜてのお話でした。 学びはたくさんありましたが、それは追々紹介させてもらいます。 ちょっとだけ触れますと、「脳トレ」は逆効果だそうです。 トイレの場所を示すために大きく貼られた文字。 意味ないそうです。 むしろトイレそのものが見える方が良いとのこと。(施設では難しいところもありますが) 等々、なるほど!と思うことが一杯でした。 ちゃっかりサインをいただきました。   夕ご飯までご同行させてもらいましたが、 母を思う一人の娘さんでした。 以降、少しずつお伝えしていきたいと思います。 アーバンケア島之内の桜も、ほぼ満開です。 2階のレストランフロアは、食事をしながらお花見ができる 絶好のロケーションが得られる場所ですね!
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2023.03.24

認知症の教室(一般市民用)
ほっこりなつどい(認知症の方を介護されている家族の会)開催されました。 8回目?となる「ほっこりなつどい」が開催されました。 今回は5名の家族の方が参加されました。 それぞれの苦労話は本当に皆様の大変さが伝わってくるものでした。 突然に、なんでこんな行動をとるんだろう! という驚きと戸惑いとともに、途方に暮れてしまうことも。 しかし、デイサービスやショートステイの利用は 本人にも、ご家族にもプラスに出ているようです。 今回の会では、家族同士での情報交換もあちましたが、 デイサービスや包括支援センターからの情報提供やアドバイスもあり、 単に家族だけの話に留まらない、内容豊富なものとなっていました。 参加家族の方も、日頃心に閉まっている思いを出すことが出来てよかった!と言われていました。 ほっこりなつどいは、年4回、春夏秋冬で実施します。 さてさて、WBCでの日本の優勝、良かったですね! 大谷が三振を取る場面は、それが録画であっても思わずガッツポーズをしてしまいます。 びっくりしたのはスポーツ新聞紙の第一面。 両面一面になっていたことです。 こんなこと、阪神タイガースの優勝の時もなかったですね。 あ、それを言っても今の若い人たちにはわかりません。 なんせ、優勝を知っている人が、若い人にはいないのですから。  
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2023.03.20

認知症の教室(一般市民用)
認知症と音楽(2) 音楽というのは不思議な魅力があります。 もしかしたら魅力というより、魔力かもしれません。 人間が生み出した最高の芸術の一つと言えますね。 いよいよ花の季節到来ですね   音楽 それは私たちの人生にとって、 まるで自分自身を形成する重要なパーツのように存在しています。 私たちは子どものころから、いや母親のおなかの中にいる頃から 音楽を聴いています。 私たちの生活になくてはならないものとして音楽は存在するのです。 当然、認知症の人にとっても同じで、 脳にしっかりと刻み込まれているのが音楽なのです。 ですから、音楽療法も活用されるのです。 認知症の人と音楽、もう少し深めていきたいと思います。 日曜日は天気も良く、午後からズーム研修だったため、午前中に裏山に登ってきました。写っている人は誰だか知りません(笑)   因みにベートーヴェンの「運命」 ジャジャジャジャーンの出だし。 実はプロではない高校生の楽団でも演奏できるそうです。 逆に言えば、これくらい一糸乱れず呼吸を合わせて演奏できなければ プロにはなれないということですね。 介護での国家資格を持っているのならば、 こんなケアはできて当たり前と言えること。 ですね。
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2023.03.17

認知症の教室(一般市民用)
認知症と音楽(1) テレビドラマを滅多に見ない(アメリカのドラマを除く)私がはまったのが 「リバーサルオーケストラ」でした。 もう終わってしまいましたが、なかなか面白く、回を追うごとに視聴率もアップしていったようです。 それにしても、オーケストラのプロフェッショナル性は凄いと思います。 誰でも知っているベートーヴェンの「運命」 ジャジャジャジャーン!で始まる奴です。 あれって、実はすごいんですよ。 弦楽器のメンバーが、誰一人遅れず、フライングせず、 1秒たりとも遅れず、早すぎず、ジャジャジャジャーン!と、演奏を始めるのです。 まぁあんな曲を作ったベートーヴェンはとんでもないと思うのですが、 それをやりこなす奏者は、プロと言えるでしょう。 はたして国家資格を持つ介護のプロフェッショナル達は、 あれだけのプロフェッショナル性を持ち得ているのか? お金を取って、人々に聴いてもらい、感動を与えるというのが、 まさしくオーケストラなのです。 介護の世界もお金を取って、 介護を必要とする方にそのプロフェッショナル性を発揮している はずです。 でもプロとしての自覚は自戒を込めて言いますが、まだまだ。 心の持ちようも大切で、 介護のプロとしての誇りを持つこと。 だと思います。 さて、認知症の人と音楽。 単に音楽を聞かせてればよい、或いは時たま歌う時間があればいい なんてことではプロフェッショナル性はありません。 認知症ケアには音楽療法が一つのジャンルとしてあるということは、 根拠と実施にともなう成果があるからです。 しかし私たちは「なんちゃってケア」しかやっていないのではないか? それは果たして利用者からお金を取っている身としてどうなのか。 「そんなことはない、なんちゃってケアなんてやってない、毎日必死に頑張っている!」 という反論は当然あるでしょう。 ではなぜそのケアが必要なのか、 どのような根拠があってそれを実践しているのか、 さらにそれがどのような効果をもたらすのか。 これをしっかりと答えられなければ、プロとは言えないでしょう。 もうちょっと平たく言えば、介護は「考える」ことが基盤になければ、 「なんとなくケア」や「なんちゃってケア」になってしまうということなのです。 認知症の人に何故音楽療法があるのか。 もちろんそれにも根拠があるのです。 (つづく)
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2023.03.15

認知症の教室(一般市民用)
「ブルージャイアント」と二つのご案内 やはり日本のアニメの質は高いですね。 「ブルージャイアント」をレイトショーで見てきました。 レイトショーはいいですよ。今回も大きな劇場に4名でした。 「ブルージャイアント」はジャズに青春をかける青年のアニメ映画です。 クラシックが好きなのですが、ジャズも好きなのです。 いいですね、若い人の何かに打ち込む情熱的な姿! そしてそれを支える年配の人たち。 もしもう一度青春をやり直せるのなら、不完全燃焼だったかつての自分ではなく、 何かに情熱をぶつけてみたいですね。 同時に年配者は、「若い奴はどうせ…」なんて上から視点で見ないで、 その若者を導き、引き上げる役割があるのです。 これから封切られる「ロスト・ケア」という映画。 猛烈に批判したい今の気持ちですが、見てみないとそこは何ともの状況ですね。 さて、認知症の人の介護をされている家族の会「ほっこりなつどい」が 3月23日に開催されます。 介護の悩み苦しみを、介護家族同士で共有しながら、 気楽にお話をして、前を向いていくヒントをもらう家族会です。 ご希望の方は下記にご連絡ください。 またこの1月にNHKスペシャルで全国放送された、 認知症になった母親を介護する脳科学者、恩蔵絢子先生が神戸に来られます。 脳科学の観点から認知症ケアを見る。 とても理解しやすい話となります。 専門職、介護者、一般市民、どなたでも大丈夫です。 ぼちぼち満席になりそうなので、ご応募はお早めに!
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2023.03.11

認知症の教室(一般市民用)
温度差 今日は3月11日 大阪では、普段と変わらぬ3月11日です。 恐らく、東北・関東と、関西では温度差があるのでしょう。 1月17日は、その逆でした。 いや、兵庫の隣りの大阪でさえもそうだったかな。 惨状の神戸から大阪に戻った途端、普通の生活の状況 その温度差に涙が止まりませんでした。 しかし確実に南海トラフ地震はやってきます。 それでも関西圏では比較的安全な、奈良、滋賀と、 直面する和歌山、大阪では意識が違うかもしれません。 いや、大阪人もまだ意識にはない、 或いは「起きない」と信じたいと、逃げているのかもしれません。 多大な被害を受けた東灘区にて   温度差は様々なところで起こっています。 関心があるかないかでも随分違います。 職域の違いでもあるでしょう。 冬の寒さで冷たくなった手で、室内の温かいところにいた人の手を握ったら、 その冷たさ(温度差)に、冷えてない手の人は「つめたいやんか!」と 驚いて、時に怒ったりもします。 その温度差は、なかなかすぐには相いれないものなのかもしれません。 しかし介護職は、もし自分の手が冷たければ、 さすったり、息を掛けたりして、 自分の手を温めてから利用者の手を持ちます。(そのはず) 逆に利用者の手が冷たければ、温かい自分の手でさすってあげて 利用者の手を温めようとします。 つまり温度差はその差を埋めるために存在するとも言えます。 温度差をなくす。 それは、相手への気遣いとも言えます。 認知症の人への関りでも同じでしょう。 私たちの仕事は温度差をなくすことでもあるのです。 大震災の犠牲になられた方に、合掌。  
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2023.03.08

認知症の教室(一般市民用)
オレンジメンバーの勉強会に行ってきました オレンジメンバーの勉強会、今回は河内永和の東大阪市の会館でありました。 普段から車を多用しているのですが、今回は職場から電車で向かいました。 登山に、キャンプに、写真撮影、そして通勤にと、何かと車を使うことが多い毎日。 これではだめだと、コロナも下火になったので、週1回はおよそ2時間かけて 電車通勤しようと思いました。 歩くし、エスカレーターを使わない階段の上り下りは登山のいいトレーニングにもなります。 そして様々な人を見るのもいい刺激になります。 同じパターンでないことをたまにやってみると、違う視野や考えが広がりますね。 常に主観の中にいる自分に、客観的視点を持たすという意味もあります。 さて、違う視野ということで、今回のオレンジメンバーの勉強会は、 認知症の人からは、私たちはどう見えているのか?という内容でした。 10名のメイトさんでしたが、それぞれに熱く語っておられる姿がいい感じでした。 最近は脳科学など、根拠をもとに原因理由、背景を探っていくことを よくお話しするのですが、(それはあまりにもケアの現場の考えが曖昧だから) 実は、「なんかいい感じ」(クオリア)という感覚的なものも とても大切なのだと思います。 お店に入った時の「なんか、ええ感じのお店やな~」という、 ええ感じ(大阪弁の方がええ感じ)という感覚的なもの。 もっとも、ええ感じになるためには、 根拠をもとにした、しっかりとした理念(理念というと、理路整然としたという感じですが、実は情熱という感覚が支えている)と、 体制作りがあってこそのものなのですよね。 話をオレンジメンバー勉強会に戻すと、 私の話そのものより、メンバーさんによる語らいから湧き出る「なんかええ感じ」が、 実は認知症ケアのとても大切な部分に繋がっていくということなのです。 10名の参加者、少な!と思うなかれ。このええ感じは、100名分に相当するのですから。 私も教える立場でありながら、皆さんからエネルギーをもらいました。 出会いがあるのは嬉しいものです。感謝。
ブログ投稿画像 センター長の石川です。 先日、阪南市のキャラバンメイト総会に、 東大阪市の実情紹介で行ってきました。 阪南市と東大阪市では人口規模が違いすぎるのですが、 サポーター講座を地域包括が主体として行っている東大阪市と ボランティアグループが中心で行っている阪南市との違いがあります。 安心声掛け訓練も説明させていただき、 その活動力の凄さに、驚かれていたようです。 ボランティアグループメンバーの高齢化も阪南市では課題になっているようです。 [caption id="attachment_4548" align="alignnone" width="310"] 阪南市のマスコット はなてぃ[/caption]   ただ、東大阪市の場合、キャラバンメイトさんグループによる サポーター講座は皆無であり、 このようなボランティアグループの育成をバックアップするシステムが 東大阪市の課題ではないかと思います。 ただ単に先進的な状況を阪南市に説明するだけではなく、 阪南市にはあり東大阪市にないものを、真摯に受け止めなければならないとも思います。 なんでも包括へ持ってくる さらに加算方式というニンジンを前にぶら下げる現状では 実践があっても、それ以上の広がりはないとも言えます。 地域に根ざす 地域の灯台になる それは加算以外の日常の働きの中で築かれていくものでしょう。    
ブログ投稿画像 「なぜ、認知症の人は家に帰りたがるのか」の著者である 脳科学者恩蔵絢子先生の講演に、神戸三宮まで行ってきました。 私と恩蔵先生との出会いは本屋でした。 なんとなくぶらぶら見ていた時に目に止まったのが 「脳科学者の母が認知症になる」という本でした。 とかく感覚的に理解しようという認知症ケアの現場において、 脳科学的に認知症の人の行動すべてに根拠があるのだということが 伝えられるのではないかと。 この時から興味を持ち、折しも東京の中央法規出版社の知人から、 介護現場向けの「なぜ、認知症の人は家に帰りたがるのか」を出版するとの連絡を受け、 以降なんとか恩蔵先生の話を聞きたいと思っていたのでした。 そして今回の講演です。 恩蔵先生の講演は、めっちゃ情熱的なお話でした。 東は名古屋、西は岡山、東大阪からもキャラバンメイトさんが聞きに来てくれました。 脳科学者というと難しい話に思えますが、 一人の介護者、娘としての視点、そして科学者としての視点と、両方織り交ぜてのお話でした。 学びはたくさんありましたが、それは追々紹介させてもらいます。 ちょっとだけ触れますと、「脳トレ」は逆効果だそうです。 トイレの場所を示すために大きく貼られた文字。 意味ないそうです。 むしろトイレそのものが見える方が良いとのこと。(施設では難しいところもありますが) 等々、なるほど!と思うことが一杯でした。 [caption id="attachment_4539" align="alignnone" width="2232"] ちゃっかりサインをいただきました。[/caption]   夕ご飯までご同行させてもらいましたが、 母を思う一人の娘さんでした。 以降、少しずつお伝えしていきたいと思います。 アーバンケア島之内の桜も、ほぼ満開です。 2階のレストランフロアは、食事をしながらお花見ができる 絶好のロケーションが得られる場所ですね!
ブログ投稿画像 8回目?となる「ほっこりなつどい」が開催されました。 今回は5名の家族の方が参加されました。 それぞれの苦労話は本当に皆様の大変さが伝わってくるものでした。 突然に、なんでこんな行動をとるんだろう! という驚きと戸惑いとともに、途方に暮れてしまうことも。 しかし、デイサービスやショートステイの利用は 本人にも、ご家族にもプラスに出ているようです。 今回の会では、家族同士での情報交換もあちましたが、 デイサービスや包括支援センターからの情報提供やアドバイスもあり、 単に家族だけの話に留まらない、内容豊富なものとなっていました。 参加家族の方も、日頃心に閉まっている思いを出すことが出来てよかった!と言われていました。 ほっこりなつどいは、年4回、春夏秋冬で実施します。 さてさて、WBCでの日本の優勝、良かったですね! 大谷が三振を取る場面は、それが録画であっても思わずガッツポーズをしてしまいます。 びっくりしたのはスポーツ新聞紙の第一面。 両面一面になっていたことです。 こんなこと、阪神タイガースの優勝の時もなかったですね。 あ、それを言っても今の若い人たちにはわかりません。 なんせ、優勝を知っている人が、若い人にはいないのですから。  
ブログ投稿画像 音楽というのは不思議な魅力があります。 もしかしたら魅力というより、魔力かもしれません。 人間が生み出した最高の芸術の一つと言えますね。 [caption id="attachment_4527" align="alignnone" width="2048"] いよいよ花の季節到来ですね[/caption]   音楽 それは私たちの人生にとって、 まるで自分自身を形成する重要なパーツのように存在しています。 私たちは子どものころから、いや母親のおなかの中にいる頃から 音楽を聴いています。 私たちの生活になくてはならないものとして音楽は存在するのです。 当然、認知症の人にとっても同じで、 脳にしっかりと刻み込まれているのが音楽なのです。 ですから、音楽療法も活用されるのです。 認知症の人と音楽、もう少し深めていきたいと思います。 [caption id="attachment_4528" align="alignnone" width="2048"] 日曜日は天気も良く、午後からズーム研修だったため、午前中に裏山に登ってきました。写っている人は誰だか知りません(笑)[/caption]   因みにベートーヴェンの「運命」 ジャジャジャジャーンの出だし。 実はプロではない高校生の楽団でも演奏できるそうです。 逆に言えば、これくらい一糸乱れず呼吸を合わせて演奏できなければ プロにはなれないということですね。 介護での国家資格を持っているのならば、 こんなケアはできて当たり前と言えること。 ですね。
ブログ投稿画像 テレビドラマを滅多に見ない(アメリカのドラマを除く)私がはまったのが 「リバーサルオーケストラ」でした。 もう終わってしまいましたが、なかなか面白く、回を追うごとに視聴率もアップしていったようです。 それにしても、オーケストラのプロフェッショナル性は凄いと思います。 誰でも知っているベートーヴェンの「運命」 ジャジャジャジャーン!で始まる奴です。 あれって、実はすごいんですよ。 弦楽器のメンバーが、誰一人遅れず、フライングせず、 1秒たりとも遅れず、早すぎず、ジャジャジャジャーン!と、演奏を始めるのです。 まぁあんな曲を作ったベートーヴェンはとんでもないと思うのですが、 それをやりこなす奏者は、プロと言えるでしょう。 はたして国家資格を持つ介護のプロフェッショナル達は、 あれだけのプロフェッショナル性を持ち得ているのか? お金を取って、人々に聴いてもらい、感動を与えるというのが、 まさしくオーケストラなのです。 介護の世界もお金を取って、 介護を必要とする方にそのプロフェッショナル性を発揮している はずです。 でもプロとしての自覚は自戒を込めて言いますが、まだまだ。 心の持ちようも大切で、 介護のプロとしての誇りを持つこと。 だと思います。 さて、認知症の人と音楽。 単に音楽を聞かせてればよい、或いは時たま歌う時間があればいい なんてことではプロフェッショナル性はありません。 認知症ケアには音楽療法が一つのジャンルとしてあるということは、 根拠と実施にともなう成果があるからです。 しかし私たちは「なんちゃってケア」しかやっていないのではないか? それは果たして利用者からお金を取っている身としてどうなのか。 「そんなことはない、なんちゃってケアなんてやってない、毎日必死に頑張っている!」 という反論は当然あるでしょう。 ではなぜそのケアが必要なのか、 どのような根拠があってそれを実践しているのか、 さらにそれがどのような効果をもたらすのか。 これをしっかりと答えられなければ、プロとは言えないでしょう。 もうちょっと平たく言えば、介護は「考える」ことが基盤になければ、 「なんとなくケア」や「なんちゃってケア」になってしまうということなのです。 認知症の人に何故音楽療法があるのか。 もちろんそれにも根拠があるのです。 (つづく)
ブログ投稿画像 やはり日本のアニメの質は高いですね。 「ブルージャイアント」をレイトショーで見てきました。 レイトショーはいいですよ。今回も大きな劇場に4名でした。 「ブルージャイアント」はジャズに青春をかける青年のアニメ映画です。 クラシックが好きなのですが、ジャズも好きなのです。 いいですね、若い人の何かに打ち込む情熱的な姿! そしてそれを支える年配の人たち。 もしもう一度青春をやり直せるのなら、不完全燃焼だったかつての自分ではなく、 何かに情熱をぶつけてみたいですね。 同時に年配者は、「若い奴はどうせ…」なんて上から視点で見ないで、 その若者を導き、引き上げる役割があるのです。 これから封切られる「ロスト・ケア」という映画。 猛烈に批判したい今の気持ちですが、見てみないとそこは何ともの状況ですね。 さて、認知症の人の介護をされている家族の会「ほっこりなつどい」が 3月23日に開催されます。 介護の悩み苦しみを、介護家族同士で共有しながら、 気楽にお話をして、前を向いていくヒントをもらう家族会です。 ご希望の方は下記にご連絡ください。 またこの1月にNHKスペシャルで全国放送された、 認知症になった母親を介護する脳科学者、恩蔵絢子先生が神戸に来られます。 脳科学の観点から認知症ケアを見る。 とても理解しやすい話となります。 専門職、介護者、一般市民、どなたでも大丈夫です。 ぼちぼち満席になりそうなので、ご応募はお早めに!
ブログ投稿画像 今日は3月11日 大阪では、普段と変わらぬ3月11日です。 恐らく、東北・関東と、関西では温度差があるのでしょう。 1月17日は、その逆でした。 いや、兵庫の隣りの大阪でさえもそうだったかな。 惨状の神戸から大阪に戻った途端、普通の生活の状況 その温度差に涙が止まりませんでした。 しかし確実に南海トラフ地震はやってきます。 それでも関西圏では比較的安全な、奈良、滋賀と、 直面する和歌山、大阪では意識が違うかもしれません。 いや、大阪人もまだ意識にはない、 或いは「起きない」と信じたいと、逃げているのかもしれません。 [caption id="attachment_4363" align="alignnone" width="1909"] 多大な被害を受けた東灘区にて[/caption]   温度差は様々なところで起こっています。 関心があるかないかでも随分違います。 職域の違いでもあるでしょう。 冬の寒さで冷たくなった手で、室内の温かいところにいた人の手を握ったら、 その冷たさ(温度差)に、冷えてない手の人は「つめたいやんか!」と 驚いて、時に怒ったりもします。 その温度差は、なかなかすぐには相いれないものなのかもしれません。 しかし介護職は、もし自分の手が冷たければ、 さすったり、息を掛けたりして、 自分の手を温めてから利用者の手を持ちます。(そのはず) 逆に利用者の手が冷たければ、温かい自分の手でさすってあげて 利用者の手を温めようとします。 つまり温度差はその差を埋めるために存在するとも言えます。 温度差をなくす。 それは、相手への気遣いとも言えます。 認知症の人への関りでも同じでしょう。 私たちの仕事は温度差をなくすことでもあるのです。 大震災の犠牲になられた方に、合掌。  
ブログ投稿画像 オレンジメンバーの勉強会、今回は河内永和の東大阪市の会館でありました。 普段から車を多用しているのですが、今回は職場から電車で向かいました。 登山に、キャンプに、写真撮影、そして通勤にと、何かと車を使うことが多い毎日。 これではだめだと、コロナも下火になったので、週1回はおよそ2時間かけて 電車通勤しようと思いました。 歩くし、エスカレーターを使わない階段の上り下りは登山のいいトレーニングにもなります。 そして様々な人を見るのもいい刺激になります。 同じパターンでないことをたまにやってみると、違う視野や考えが広がりますね。 常に主観の中にいる自分に、客観的視点を持たすという意味もあります。 さて、違う視野ということで、今回のオレンジメンバーの勉強会は、 認知症の人からは、私たちはどう見えているのか?という内容でした。 10名のメイトさんでしたが、それぞれに熱く語っておられる姿がいい感じでした。 最近は脳科学など、根拠をもとに原因理由、背景を探っていくことを よくお話しするのですが、(それはあまりにもケアの現場の考えが曖昧だから) 実は、「なんかいい感じ」(クオリア)という感覚的なものも とても大切なのだと思います。 お店に入った時の「なんか、ええ感じのお店やな~」という、 ええ感じ(大阪弁の方がええ感じ)という感覚的なもの。 もっとも、ええ感じになるためには、 根拠をもとにした、しっかりとした理念(理念というと、理路整然としたという感じですが、実は情熱という感覚が支えている)と、 体制作りがあってこそのものなのですよね。 話をオレンジメンバー勉強会に戻すと、 私の話そのものより、メンバーさんによる語らいから湧き出る「なんかええ感じ」が、 実は認知症ケアのとても大切な部分に繋がっていくということなのです。 10名の参加者、少な!と思うなかれ。このええ感じは、100名分に相当するのですから。 私も教える立場でありながら、皆さんからエネルギーをもらいました。 出会いがあるのは嬉しいものです。感謝。