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2022.03.11

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忘れてはいけない忘れられない3・11 阪神淡路大震災の時、崩壊した家の瓦礫の中から娘を救い出した父親 やがてその娘は成人し、結婚して仙台へ旅立った。 「お父さん、赤ちゃんできてん」 娘からの喜びのメッセージ しかし阪神淡路大震災を生き残った娘は 津波に飲み込まれ、行方不明に… その娘の父親が出会ったのが ノーマさんの詩でした。   「最後だとわかっていたなら」 あなたがドアを出ていくのを見るのが 最後だとわかっていたら わたしは あなたを抱きしめて キスをして そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう あなたは言われなくとも わかってくれていたかもしれないけれど 最後だとわかっていたら 一言だけでもいい 「あなたを愛してる」と わたしは 伝えただろう たしかにいつも明日はやってくる でももしそれが私の勘違いで 今日ですべてが終わるのだとしたら、 わたしは 今日 どんなにあなたを愛しているか 伝えたい そしてわたしたちは 忘れないようにしたい 若い人にも 年老いた人にも 明日は誰にも 約束されていないのだということを 愛する人を抱きしめられるのは 今日が最後になるかもしれないことを 微笑みや 抱擁や キスをするための ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのかと 忙しさを理由に その人の最後の願いとなってしまったことを どうして してあげられなかったのかと だから 今日 あなたの大切な人たちをしっかりと抱きしめよう 「ごめんね」や 「許してね」や 「ありがとう」や 「気にしないで」を 伝える時をもとう そうすれば もし明日が来ないとしても あなたは今日を 後悔しないだろうから ノーマ コーネット マレック 作サンクチュアリ出版 「最後だとわかっていたなら」より 佐川睦訳 「忙しさを理由に  その人の最後の願いとなってしまったことを  どうして してあげられなかったのかと」 私はケアの現場にいた時に、これと同じ痛い経験をしています。 「若い人にも  年老いた人にも  明日は誰にも  約束されていないのだということを」 今日一日を大切にするならば、いがみあうより 笑顔ですね。 3月11日 ご冥福をお祈り申し上げます。
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2022.03.10

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3月12日安心声掛け訓練開催されます センター長の石川です。 コロナ禍において長らく中断していました「安心声掛けつながり訓練」再開です! 今回は英田南地区において実施します。 英田南地区では2020年2月22日に第5回の訓練を実施する予定でしたが、 コロナの襲来で急遽中止になってしまった経緯があります。 2019年実施時の写真です   これまでの訓練は、大規模な形で行われました。 参加人数は80名近く。捜索範囲も広範囲でした。 その時の様子を写真にアップしておきます。 会場はアーバンチャイルドこども園です   参加者は子どもから高齢者まで、世代を越えた参加者でした。 訓練終了後は、みんなでカレーライスを食べるというのが定番でした。 この年ラグビーワールドカップが開催された花園ラグビー場で捜索声掛け訓練です。 親子で参加してくれました。認知症役は地域住民の方が演じてくれました。   しかしながらコロナ禍が長く続く中、集団になる訓練は中止を余儀なくされました。 今回は規模をうんと縮小し、 時間は1時間以内、参加者は20名程度、感染対策を徹底、カレーライスはなしとし、 英田南地区仕切り直しの第5回目になる訓練を実施します。 規模ではなく、実施することに意味を置き、 この社会状況の中で忘れがちな認知症の人を地域で支える灯(ともしび)を 消さないようにしていきたいと思っています。 常日頃ご協力いただいている、地域の皆様にも感謝です。 訓練終了後、子どもも高齢者も一緒にカレーライスを食べました。 再びこのように大勢の人が集えるようになればいいですね
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2022.03.07

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「ありがとう」の言葉  今は「人類」の存在価値が試されているときかもしれません。  科学を発展させ、たぶん、地球上の支配者となっている人類ですが、     戦争という虐殺から、誹謗中傷と言う身近な攻撃まで、     人類は「そこまでの存在」でしかないのかもしれませんね。 そのような時代だから大切にして行きたい言葉 少し長くなりますが、以前に何かに書いたものをここに載せます。 万博公園の梅はほぼ満開です。   ありがとうの言葉「父と子編」 ファミリーレストランで、店員さんが食事を持ってきたときのこと。 「どうもありがとう」とお父さんが言ったのを聞いた子供が、そのお父さんに聞きました。 「お父さんはお客さんなのに、どうしてありがとうって言ったの?」 お父さんはにこっと笑って答えました。 「それはね、料理を作ってくれたこと、その料理を運んでくれたことにありがとうって言ったんだよ。」 「ふ~ん・・・」子どもはいまいち理解できないような顔をして頷き、そして目の前のご馳走を食べ始めたのでした。 しかし、父親のこの行動はいつかきっと子供に反映されるでしょう。 今では珍しいような、親子の会話かもしれません。 だけど、とても大切なEI(感じる知性)を高める場面がそこにあると思いました。 確かにサービスを提供する側にお金を払っている私たちが、 お礼を言わなければならないのはおかしいことかもしれません。 お金を払っているのだから適切なサービスを受けるのは当たり前のことなのだと。 でもここはきっとそんなことを議論するところではないでしょう。 ある日のこと、 バスを降りる子どもが「運転手さんありがとう」と言って降りていくのを見たことがあります。 素直に、「運転手さんいつも安全に運んでくれてありがとう」という意味なのでしょう。 「はい、ありがとう」と微笑んで答える運転手。 そう、難しく考え議論するものでもないのです。 そして先日、知人のあるバス運転手がこう話してくれました。 「お客さんからありがとうって言われると、すごく気持ちがいいし、私も(安全運転への)達成感があります。この一言が、気持ちの豊かさに繋がるんだと思います。」 そう、たった一言だけのこと。 「おいしい料理を作ってくれてありがとう」「重たい料理を運んでくれてありがとう」 「いつも安全運転でありがとう」「寒い中の外でのお仕事ありがとう」「夜遅く、朝早くのお仕事にもありがとう」・・・ 別に緊張して肩肘張って大声で言わなくてもいい。軽く感謝の意を伝えればいいのだ。 気軽に爽やかに、「ありがとう」「おつかれさん」「どういたしまして」「ごめんね」「気にしないで」って言えれば。 でも、そのたった一言を惜しんだために崩れていく人間関係もあるだろう。 むしろ今は、平気で誹謗中傷する時代。 社会的EIが高まるか悪化するかは、その一言が言えるか言えないかにも関わっているかもしれません。 まずは、自戒を込めて。 では、ろくでもないサービスをする人には何と言う? 「とっても不快な思いにさせてくれてありがとう」かな? おそらくそんな人には皮肉も通じないのかな。 多分、人のことばかり言ったり責めたり、そして不快な思いに人を巻き込む人は 時間の大切さを知らないのだと思う。 それはともかく、一生懸命に昼夜を問わずお仕事されている皆さまへ、 いつもいつも、本当にありがとうございます。 縁の下の人の働きがあるからこそ、その上で働く人が動けます。 その上の人が働けるから、縁の下の人が報われます。 苦難多々の状況の中で働いている皆様に 「ありがとう」   ナオト・インティライミ「こころことば」を聴きながら
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2022.03.02

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一人ひとりにはみんな笑顔があるのに 一人ひとりの笑顔 みんな素敵なのに マスクしてたって笑顔はわかります。 特に不安を抱えた認知症の人には 笑顔は大切です。 なのにひとたび感情がぶつかり合うと、 個人と個人が対立し、罵りあい それが国家レベルになると戦争になる。 そしてけなげな子どもの命まで奪ってしまう。 猿の彫刻すら、人間の行いに唖然としています   繰り返します。 一人ひとり、みんな素敵な笑顔を持っているのに。 対立は何も生み出さない。 人間だから、言いたいこともあれば、不満も噴出する。 それはわかる。 しかし、それを正当化してはいけない。 人間だからこそ、解決するための知恵、 笑顔になるための方法を求めていかなければならないのです。 池田五月山山中で見つけた彫刻の数々。今は平和への祈りに見えます。   意見対立を対立のままにしておくと、事態は悪化するだけでしょう。 意見対立は、融和への第一歩なのです。 何よりも、意見対立の当事者は、周囲から良くは見られないでしょう。 大R国の偉大な指導者Pも、今や堕ちた独裁者にしか見られていないのですから。 子どもの命を奪う戦いはいかなる大義、理由があっても正しいことではないのです。 笑顔がなくなる世界への警告のような表情です。   笑顔は素晴らしい。 みんなにあるものなのに それを失ってはいけないのです。
ブログ投稿画像 阪神淡路大震災の時、崩壊した家の瓦礫の中から娘を救い出した父親 やがてその娘は成人し、結婚して仙台へ旅立った。 「お父さん、赤ちゃんできてん」 娘からの喜びのメッセージ しかし阪神淡路大震災を生き残った娘は 津波に飲み込まれ、行方不明に… その娘の父親が出会ったのが ノーマさんの詩でした。   「最後だとわかっていたなら」 あなたがドアを出ていくのを見るのが 最後だとわかっていたら わたしは あなたを抱きしめて キスをして そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう あなたは言われなくとも わかってくれていたかもしれないけれど 最後だとわかっていたら 一言だけでもいい 「あなたを愛してる」と わたしは 伝えただろう たしかにいつも明日はやってくる でももしそれが私の勘違いで 今日ですべてが終わるのだとしたら、 わたしは 今日 どんなにあなたを愛しているか 伝えたい そしてわたしたちは 忘れないようにしたい 若い人にも 年老いた人にも 明日は誰にも 約束されていないのだということを 愛する人を抱きしめられるのは 今日が最後になるかもしれないことを 微笑みや 抱擁や キスをするための ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのかと 忙しさを理由に その人の最後の願いとなってしまったことを どうして してあげられなかったのかと だから 今日 あなたの大切な人たちをしっかりと抱きしめよう 「ごめんね」や 「許してね」や 「ありがとう」や 「気にしないで」を 伝える時をもとう そうすれば もし明日が来ないとしても あなたは今日を 後悔しないだろうから ノーマ コーネット マレック 作サンクチュアリ出版 「最後だとわかっていたなら」より 佐川睦訳 「忙しさを理由に  その人の最後の願いとなってしまったことを  どうして してあげられなかったのかと」 私はケアの現場にいた時に、これと同じ痛い経験をしています。 「若い人にも  年老いた人にも  明日は誰にも  約束されていないのだということを」 今日一日を大切にするならば、いがみあうより 笑顔ですね。 3月11日 ご冥福をお祈り申し上げます。
ブログ投稿画像 センター長の石川です。 コロナ禍において長らく中断していました「安心声掛けつながり訓練」再開です! 今回は英田南地区において実施します。 英田南地区では2020年2月22日に第5回の訓練を実施する予定でしたが、 コロナの襲来で急遽中止になってしまった経緯があります。 [caption id="attachment_3510" align="alignnone" width="1024"] 2019年実施時の写真です[/caption]   これまでの訓練は、大規模な形で行われました。 参加人数は80名近く。捜索範囲も広範囲でした。 その時の様子を写真にアップしておきます。 [caption id="attachment_3507" align="alignnone" width="1024"] 会場はアーバンチャイルドこども園です[/caption]   参加者は子どもから高齢者まで、世代を越えた参加者でした。 訓練終了後は、みんなでカレーライスを食べるというのが定番でした。 [caption id="attachment_3503" align="alignnone" width="1024"] この年ラグビーワールドカップが開催された花園ラグビー場で捜索声掛け訓練です。[/caption] [caption id="attachment_3504" align="alignnone" width="1024"] 親子で参加してくれました。認知症役は地域住民の方が演じてくれました。[/caption]   しかしながらコロナ禍が長く続く中、集団になる訓練は中止を余儀なくされました。 今回は規模をうんと縮小し、 時間は1時間以内、参加者は20名程度、感染対策を徹底、カレーライスはなしとし、 英田南地区仕切り直しの第5回目になる訓練を実施します。 規模ではなく、実施することに意味を置き、 この社会状況の中で忘れがちな認知症の人を地域で支える灯(ともしび)を 消さないようにしていきたいと思っています。 常日頃ご協力いただいている、地域の皆様にも感謝です。 [caption id="attachment_3506" align="alignnone" width="1024"] 訓練終了後、子どもも高齢者も一緒にカレーライスを食べました。[/caption] [caption id="attachment_3508" align="alignnone" width="1024"] 再びこのように大勢の人が集えるようになればいいですね[/caption]
ブログ投稿画像  今は「人類」の存在価値が試されているときかもしれません。  科学を発展させ、たぶん、地球上の支配者となっている人類ですが、     戦争という虐殺から、誹謗中傷と言う身近な攻撃まで、     人類は「そこまでの存在」でしかないのかもしれませんね。 そのような時代だから大切にして行きたい言葉 少し長くなりますが、以前に何かに書いたものをここに載せます。 [caption id="attachment_3493" align="alignnone" width="1024"] 万博公園の梅はほぼ満開です。[/caption]   ありがとうの言葉「父と子編」 ファミリーレストランで、店員さんが食事を持ってきたときのこと。 「どうもありがとう」とお父さんが言ったのを聞いた子供が、そのお父さんに聞きました。 「お父さんはお客さんなのに、どうしてありがとうって言ったの?」 お父さんはにこっと笑って答えました。 「それはね、料理を作ってくれたこと、その料理を運んでくれたことにありがとうって言ったんだよ。」 「ふ~ん・・・」子どもはいまいち理解できないような顔をして頷き、そして目の前のご馳走を食べ始めたのでした。 しかし、父親のこの行動はいつかきっと子供に反映されるでしょう。 今では珍しいような、親子の会話かもしれません。 だけど、とても大切なEI(感じる知性)を高める場面がそこにあると思いました。 確かにサービスを提供する側にお金を払っている私たちが、 お礼を言わなければならないのはおかしいことかもしれません。 お金を払っているのだから適切なサービスを受けるのは当たり前のことなのだと。 でもここはきっとそんなことを議論するところではないでしょう。 ある日のこと、 バスを降りる子どもが「運転手さんありがとう」と言って降りていくのを見たことがあります。 素直に、「運転手さんいつも安全に運んでくれてありがとう」という意味なのでしょう。 「はい、ありがとう」と微笑んで答える運転手。 そう、難しく考え議論するものでもないのです。 そして先日、知人のあるバス運転手がこう話してくれました。 「お客さんからありがとうって言われると、すごく気持ちがいいし、私も(安全運転への)達成感があります。この一言が、気持ちの豊かさに繋がるんだと思います。」 そう、たった一言だけのこと。 「おいしい料理を作ってくれてありがとう」「重たい料理を運んでくれてありがとう」 「いつも安全運転でありがとう」「寒い中の外でのお仕事ありがとう」「夜遅く、朝早くのお仕事にもありがとう」・・・ 別に緊張して肩肘張って大声で言わなくてもいい。軽く感謝の意を伝えればいいのだ。 気軽に爽やかに、「ありがとう」「おつかれさん」「どういたしまして」「ごめんね」「気にしないで」って言えれば。 でも、そのたった一言を惜しんだために崩れていく人間関係もあるだろう。 むしろ今は、平気で誹謗中傷する時代。 社会的EIが高まるか悪化するかは、その一言が言えるか言えないかにも関わっているかもしれません。 まずは、自戒を込めて。 では、ろくでもないサービスをする人には何と言う? 「とっても不快な思いにさせてくれてありがとう」かな? おそらくそんな人には皮肉も通じないのかな。 多分、人のことばかり言ったり責めたり、そして不快な思いに人を巻き込む人は 時間の大切さを知らないのだと思う。 それはともかく、一生懸命に昼夜を問わずお仕事されている皆さまへ、 いつもいつも、本当にありがとうございます。 縁の下の人の働きがあるからこそ、その上で働く人が動けます。 その上の人が働けるから、縁の下の人が報われます。 苦難多々の状況の中で働いている皆様に 「ありがとう」   ナオト・インティライミ「こころことば」を聴きながら
ブログ投稿画像 一人ひとりの笑顔 みんな素敵なのに マスクしてたって笑顔はわかります。 特に不安を抱えた認知症の人には 笑顔は大切です。 なのにひとたび感情がぶつかり合うと、 個人と個人が対立し、罵りあい それが国家レベルになると戦争になる。 そしてけなげな子どもの命まで奪ってしまう。 [caption id="attachment_3484" align="alignnone" width="1024"] 猿の彫刻すら、人間の行いに唖然としています[/caption]   繰り返します。 一人ひとり、みんな素敵な笑顔を持っているのに。 対立は何も生み出さない。 人間だから、言いたいこともあれば、不満も噴出する。 それはわかる。 しかし、それを正当化してはいけない。 人間だからこそ、解決するための知恵、 笑顔になるための方法を求めていかなければならないのです。 [caption id="attachment_3483" align="alignnone" width="1024"] 池田五月山山中で見つけた彫刻の数々。今は平和への祈りに見えます。[/caption]   意見対立を対立のままにしておくと、事態は悪化するだけでしょう。 意見対立は、融和への第一歩なのです。 何よりも、意見対立の当事者は、周囲から良くは見られないでしょう。 大R国の偉大な指導者Pも、今や堕ちた独裁者にしか見られていないのですから。 子どもの命を奪う戦いはいかなる大義、理由があっても正しいことではないのです。 [caption id="attachment_3482" align="alignnone" width="1024"] 笑顔がなくなる世界への警告のような表情です。[/caption]   笑顔は素晴らしい。 みんなにあるものなのに それを失ってはいけないのです。