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「2021年09月」で記事を検索しました。

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2021.09.03

トピックス
しんどい一日の終わり方 センター長の石川です。 「皆様いかがお過ごしでしょうか」なんて言う言葉が空々しく感じるほど、 コロナウイルスの状況はひっ迫していると言えますね。 そのため皆さん、我慢、我慢、我慢の日々が続きます。 普通の暮らしにも制限が掛かりますし、何処かへ行きたくても気軽には行けません。 仕事上でもストレスが溜まります。 特にケアの仕事は、感染へのピリピリ感もあるし、 現場実践の中ではかなりの心身の疲労感があるのではないかと思います。 公私ともに精神的負担も掛かっていると言えるでしょう。 「はぁ疲れた(*´Д`)」で終わることが多いと思います。 コロナウイルスだけでなく、利用者と上手く関われなかったり、 同僚との間がうまくいかなかったり、様々なことが疲労感として残っていきます。 そのようなことが日々積み重なっていくと、最後には心が倒れてしまいます。 セルフケアになるのですが、しんどい毎日の終わり方があります。 「はぁ(*´Д`)今日もしんどかった…」で終わると、それだけが疲労感が積み重なっていきます。 そんな時は、 「はぁ(*´Д`)しんどかった…」とつぶやくと同時に、 「こんなにしんどかったのに、よく頑張ったね私」 と、自分で自分をほめることです。 「今日は同僚のAさんと上手くいかなかった。でもしっかりと耐えたよね、そんな私は偉い!」 と、自分自身をほめ、ご褒美としてキャンディやチョコレートなど、好きなものを一個食べてください。 そしてその後はスイッチオフ。自分の好きな世界に没頭しましょう。 そうやって、自分で自分の心を守ることも心得ておいてください。 トンネルの先に光明が見えるのは もう少し先になりそうですから。
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2021.09.02

トピックス
昨日の専門職は明日の専門職とは言えない 通常の仕事以外にもコロナ対策で公私共々疲労が増している状況ではないでしょうか。 そんな中でちょっと辛口になりますが、 やはり忘れてはならないことは押さえておこうと思うのです。 ケアの業務に携わる多くの人は、何らかの資格を持った専門職です。 「専門職(せんもんしょく)とは、専門性を必要とする職のこと。」と、ウイキペディアには書かれています。 わからないをわかるためには、勉強もしなくっちゃ   私たちは経験の多い少ないを別にして、「専門職」としての専門性を発揮しなければなりません。 その専門性こそが「良いケア」に繋がるからです。 逆に言えば、「不適切なケア」(利用者ご本人の尊厳を守らず、本人に敬意を払わないケア)を行うならば、(気づかないこと、修正を行わない事も含む)それは専門職とは言えず、ただの「しょうもない人」です。 一生懸命勉強して取った資格が泣いてしまいます。 ただ、「見えているのに気づかない」ことは意外と私たちには多々あることです。 しかし、そこに「気づく」ことが、専門職であるかないかの違いです。 みんなで助けあっていかないとね   ただ専門職は「狭い範囲でのプロフェッショナル」でもあります。 広い視点が持てなくなってしまう時があります。 施設での専門的ケアが主体になるほど、人にはそれぞれの個性があり、 社会や環境と繋がっているのだという広い領域が見えなくなってしまいます。 顔を上げて見上げれば様々なものが見えてきます。   本当の専門職は、常に研鑽を行い、そのプロフェッショナル性に磨きをかけるのと同時に、 幅広い視野も持つことも問われるのです。 「昨日の専門職は、明日も専門職とは言えない」のですね。 自分自身にめっちゃ自戒を込めて。 天狗にならないよう、ときには鼻をつまむことです。   大変な時期、本当に皆様ありがとうございます。
ブログ投稿画像 センター長の石川です。 「皆様いかがお過ごしでしょうか」なんて言う言葉が空々しく感じるほど、 コロナウイルスの状況はひっ迫していると言えますね。 そのため皆さん、我慢、我慢、我慢の日々が続きます。 普通の暮らしにも制限が掛かりますし、何処かへ行きたくても気軽には行けません。 仕事上でもストレスが溜まります。 特にケアの仕事は、感染へのピリピリ感もあるし、 現場実践の中ではかなりの心身の疲労感があるのではないかと思います。 公私ともに精神的負担も掛かっていると言えるでしょう。 「はぁ疲れた(*´Д`)」で終わることが多いと思います。 コロナウイルスだけでなく、利用者と上手く関われなかったり、 同僚との間がうまくいかなかったり、様々なことが疲労感として残っていきます。 そのようなことが日々積み重なっていくと、最後には心が倒れてしまいます。 セルフケアになるのですが、しんどい毎日の終わり方があります。 「はぁ(*´Д`)今日もしんどかった…」で終わると、それだけが疲労感が積み重なっていきます。 そんな時は、 「はぁ(*´Д`)しんどかった…」とつぶやくと同時に、 「こんなにしんどかったのに、よく頑張ったね私」 と、自分で自分をほめることです。 「今日は同僚のAさんと上手くいかなかった。でもしっかりと耐えたよね、そんな私は偉い!」 と、自分自身をほめ、ご褒美としてキャンディやチョコレートなど、好きなものを一個食べてください。 そしてその後はスイッチオフ。自分の好きな世界に没頭しましょう。 そうやって、自分で自分の心を守ることも心得ておいてください。 トンネルの先に光明が見えるのは もう少し先になりそうですから。
ブログ投稿画像 通常の仕事以外にもコロナ対策で公私共々疲労が増している状況ではないでしょうか。 そんな中でちょっと辛口になりますが、 やはり忘れてはならないことは押さえておこうと思うのです。 ケアの業務に携わる多くの人は、何らかの資格を持った専門職です。 「専門職(せんもんしょく)とは、専門性を必要とする職のこと。」と、ウイキペディアには書かれています。 [caption id="attachment_1878" align="alignnone" width="650"] わからないをわかるためには、勉強もしなくっちゃ[/caption]   私たちは経験の多い少ないを別にして、「専門職」としての専門性を発揮しなければなりません。 その専門性こそが「良いケア」に繋がるからです。 逆に言えば、「不適切なケア」(利用者ご本人の尊厳を守らず、本人に敬意を払わないケア)を行うならば、(気づかないこと、修正を行わない事も含む)それは専門職とは言えず、ただの「しょうもない人」です。 一生懸命勉強して取った資格が泣いてしまいます。 ただ、「見えているのに気づかない」ことは意外と私たちには多々あることです。 しかし、そこに「気づく」ことが、専門職であるかないかの違いです。 [caption id="attachment_1930" align="alignnone" width="650"] みんなで助けあっていかないとね[/caption]   ただ専門職は「狭い範囲でのプロフェッショナル」でもあります。 広い視点が持てなくなってしまう時があります。 施設での専門的ケアが主体になるほど、人にはそれぞれの個性があり、 社会や環境と繋がっているのだという広い領域が見えなくなってしまいます。 [caption id="attachment_2894" align="alignnone" width="1560"] 顔を上げて見上げれば様々なものが見えてきます。[/caption]   本当の専門職は、常に研鑽を行い、そのプロフェッショナル性に磨きをかけるのと同時に、 幅広い視野も持つことも問われるのです。 「昨日の専門職は、明日も専門職とは言えない」のですね。 自分自身にめっちゃ自戒を込めて。 [caption id="attachment_3102" align="alignnone" width="960"] 天狗にならないよう、ときには鼻をつまむことです。[/caption]   大変な時期、本当に皆様ありがとうございます。