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2024.02.03

ひととなりから拾うもの(師匠から学ぶこと)

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認知症の教室(一般市民用)

認知症の教室(専門職用)

ケア従事者から見ると、落ち着きのない方、不穏症状を出している方には、
対応が大変、忙しいのに難儀だなどと思ってしまうかもしれません。
その時点において「対応に困ってしまうAさん」、もっと辛辣な言葉を使うと、
「対応が面倒なAさん」というように、Aさんの今の行動の姿だけを見て
Aさんの人格を見てしまうことが往々にしてあるのではないでしょうか。

家族からすれば、認知症でないときのAさんの姿を見ている時間がはるかに長く、
元気なときのAさんの姿と、現状の姿のギャップに苦しむことになります。

神戸税関の夜景です。本文とは関係ありません。

 

しかしケア実践者は、不穏症状などのいわゆるBPSDにばかり目を奪われ、
そこで「大変な認知症のAさん」というレッテルを知らずのうちに貼ってしまいます。
しかしそんなレッテルを貼ることが私たちの仕事ではありません。

ケア実践者の真髄は、認知症の人の厳しくなった日常生活上のフォローのほかに、
その方の「人となり」(そのひとらしさ)を拾い上げることとも言えます。

膝をさすると笑います。本文とは関係ありません。

 

事例をひとつ。
デイサービスで、落ち着きなく常に動き回るBさん。家に送ってくれる車を待っています。
スタッフからすれば、その落ち着きなさと、
早く送ってほしいという訴えへの対応に四苦八苦します。

しかし落ちついて話をしてみると、
Bさんが職場のリーダーとして働いていたころの話がよく出ます。

「こういうところよくチェックしとかないといかんな。」 「それやってくれたんか、ありがとう。」
「ようできとるやないか、オーケーそれでいこか。」等、会社運営のリーダーとして、
確認をし、注意し、部下たちのことをほめて感謝の言葉を述べる、
良きリーダーとしての姿が浮かび上がってきます。

月の出です。本文とは関係ありません。

 

現在Bさんは、在宅中はわからないことで混乱状態。かなり介護者は大変な状況にあります。
その苦労に比べたら専門職の苦労は一時のことでしょう。
BPSD一杯のBさんではなく、その人の本来の「人となり」を見つけ出すこと。
そうでないと、人としての敬意を示すことはできません。

むしろ、会社のリーダーとして頑張ってこられた姿に、私は学ぶことがありました。

会話すること自体は、その方と繋がりを持つことになりますが、
もう少し腰を据えて会話から対話にしてみると、もっとその方のことがわかるのではないでしょうか。

そんな時間はないって、言われそうですが、それは逃げ口上。
時間は生み出すものです。短い時間でも濃く使えばいいのです。(下欄に続く)

 

人生の師匠という言葉がありますが、師匠は特定のずば抜けた人ではなく、
私たちが関わる方全ての人が師匠であるといえるでしょう。
お金をもらいながら、その多種多様な師匠たちから、
ケアのノウハウを教えてもらっているのが、
ケア職であるとも言えるのではないでしょうか。