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2024.01.05

認知症の人との「会話」と「対話」の違い

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認知症の教室(一般市民用)

認知症の教室(専門職用)

似たような言葉だけど似て非なるものかもしれません。
同様な言葉に議論(ディスカッション)や討論或いは論争(ディベート)があります。

ここでは、会話と対話(ダイアローグ)について、認知症の人と織り交ぜて書いてみたいと思います。

私も含め、私たちは認知症の人と話すとき、
「会話」で済ませていることがあるのではないかということなのです。
その時を何とか楽しくやり過ごすために、或いはその場を取り繕うためのものとして。

しかし会話はその場限りのもので、その認知症の方の本質的な思いに迫るものではありません。
むしろ認知症の人を上から視点で見て会話するという危険性もはらんでいます。

認知症の人がどのような思いを持っているのか、
同じ人と人として、その本質的な思いに近づくためには「対話」が必要になるのです。

しかし多くの場合、私たちは認知症の人と「会話」をして終わらせてしまいます。
(もちろん、会話タイムが悪いわけではありません)

「時間」という尺度で見れば、「会話」は「流す時間」であり、
「対話」は「濃い時間」と言えるでしょう。

ここという時には、「対話」の力を発揮して、認知症の人の思いを聴き、私も思いを返します。
上から視点になりがちな「会話」とは違うのが、対等な立場で語り合う「対話」なのです。

新家の公民館に飾られています

 

しかし、世界情勢は論争ばかりで、その論争は解決にはつながりません。
対話にははるかに遠い状況と言えるでしょう。

でも私たちの仕事は、論争ではありません。
それは職員関係でも同じでしょう。

(つづく)